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初エッセイ集

いやぁ、大笑いしました。面白かったです。

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われ笑う、ゆえにわれあり
土屋 賢二
文藝春秋 1997-11

われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う 哲学者かく笑えり 棚から哲学 人間は笑う葦である ツチヤの軽はずみ

by G-Tools , 2006/12/18

土屋賢二さんといえば

森博嗣さんとの対談本、『人間は考えるFになる』を読んだときは、正直、土屋さんのことは面白いと思いませんでした。ただ、巻末にお二人の書き下ろしの小説が載っていて、そちらは面白かったですね。つまり、土屋さんは対談よりもご自身の創作物の方が面白いタイプ、と感じました(対談は面白くて創作物がつまらない作家、よりはいいかと)。

大阪では笑わない?

ちょっと、ひとの批評を見ようかと思い、土屋賢治さんの名前で検索してみると、とあるサイトで酷評されていました。まぁ、下らないという評価はその通りだと思いますが、「東京人は笑っても大阪人は笑わない」という趣旨には「ホンマかい!」とエセ関西弁で、三重県人(東海からも近畿からも関西からも疎遠)の自分はツッコミました。

うーん、大阪人の笑いの許容範囲って、そんなに狭いものなのだろうか。いつまでも、ベタな笑いばかりまかり通る、などということがあるのだろうか?(ヒント : 花月)。まぁ、それよりなにより大阪人って、「自分が大阪の代表」とか「日本には東京と大阪しかない」と思っている節があるよなぁ(ぶつぶつ)……。

──と、風の噂で聞いた気がするが、さだかではない。

ユーモアとは

大阪人うんぬんはともかく、TV でいうと『エンタの神様』みたいに「字幕付き」で「観客(笑い屋)」がついて、「はい、ここが面白いポイントですよー」と明示された番組に慣らされていると、なかなか本書のようなユーモアは受け入れられないのかも。そういった「TV 的わかりやすさ」を極力削いだ番組といえば『タモリクラブ』……はまだまだで、かなり昔ですがカノッサの屈辱あたりが、「ユーモアのある TV 番組」ですね。あとは昔のダウンタウンが出ていた番組とか(松っちゃんが好き勝手やっている、どちらかというと暗い番組)。

何故わざわざ TV 番組の例を挙げるかというと、例えば、小説だとユーモアたっぷりな描写があったとしても、ちょっと判りにくかったり。「犀川の意味なしジョーク」とか、ね。でもそれだけに、ツボにハマるとたまらない。

自分を笑え!

不幸に打ち勝つ唯一の方法として挙げられていたのが、「笑うこと」。自分自身を笑えるようになれ、と。これはかなり共感できましたね。自分自身を笑う、というのが土屋さんの人生テーマと受け取りました(自虐ネタが多いし)。あとは「笑って済ませる」でしょうか。

たしかに、自分を笑ったり、笑って済ませることができないことで、悲劇が起こったり惨事になったりすることが多いと思います(一部、喜劇)。

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