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アルファブロガと村上春樹

アルファブロガが棲む界隈で、風が吹いています(詩的表現・失敗)。

──そのうち、結城浩さんも何か書くんじゃないかなぁ……(ぼそっ)。

面白いことに、3 人とも「村上春樹はこのところ(または今まで)避けてきたが、最近(また)読み始めた」という感想になっています。またまた「村上春樹ブーム」がやってくる、という前兆でしょうか。

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海辺のカフカ (上)
村上 春樹
新潮社 2005-02-28

海辺のカフカ (下) ノルウェイの森 上 ノルウェイの森 下 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉

by G-Tools , 2007/03/15

弾さんの詩的私的表現

本を月100冊以上読む(!)という弾さんならではの、小説というモノを表現した言葉が興味深いです。

小説というのは楽譜のようなものである。いや、楽譜そのものである。(……)

そう。小説とは自分で演奏して楽しむものだ。これが漫画や映画との違いで、これらは人の演奏を楽しむものである。(……)

村上春樹は、私にとってはかなり「演奏しやすい」作家だった。演奏してつっかえるところがない。それでいて退屈ではない。しかし私はその演奏を楽しむことが出来なかった。スムーズに弾けるのに心が動かなかったのだ。

404 Blog Not Found:書評 - 海辺のカフカ

そうそう!これが言いたかったんだ!という感じ。自分も上記のようなことは以前から感じていましたが、言葉でうまく表現することができなかった……。自分にとって「演奏しやすい」のは、森博嗣さん、斉藤孝さん、そして村上春樹さんです(でも、たぶん指揮通りに演奏できてない)。

上記で書いてあることは、小説に限らず、芸術や創作物──いや、すべての「情報」というモノ、そのものに当てはまることだと思います。

すなわち、情報は受け手の問題。どれだけ面白い作品(楽譜)があったとしても、あなた(演奏者)がヘッポコだったら、その曲もまたヘッポコですよ、と。

『海辺のカフカ』は未読

自分は村上春樹ファンですが、『海辺のカフカ』は未読です。「つまらない小説を 3 冊くらい読んでしまったときの口直し用」に取ってあります(ref.: 森博嗣のミステリィ工作室 p.50)。──が、書評を読むと、もの凄く読みたくなってきた……。

ところで、自分の「村上春樹感」というと、「みんながみんなおかしな言動を繰り広げる中、平然と生き抜く『僕』が、いちばん異常」という──

──つまり、『ネウロ』と一緒(ちょw)。

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