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エイプリルフールも天の邪鬼

「親譲りの天の邪鬼で小供の時から損ばかりしている。」でお馴染みの asiamoth です(嘘)。 そんなわけで、エイプリルフールも天の邪鬼らしく、嘘ではなく本当のことについて書きます。

「すべては仮説に始まり、仮説に終わる」という主張の元に書かれた、『99.9% は仮説』の感想です。未読の方の中で、タイトルを見て「トンデモ科学本」と思った人もいるかも知れませんが──。まぁ、内容が内容だけに、嘘か本当かは中身を見て、ご自身で判断ください。

『99.9% は仮説』

「科学に興味はない。世の中にはもっと大切なことがある!」という人にこそ読んで欲しい一冊です。

「反証可能性」について

今まで言葉だけ知っていた「反証可能性」について、本書で理解できました。

「反証可能性」とは、科学においては、完全な証明というものは永遠にできない(p.134)けれども、証明はできなくても反証はできる(p.134)。つまり、「科学は、常に反証できるものである」という考え方(これすらも「仮説」)のことです。

ひらたくいえば、理論に反する実験や観察が出てきたらその理論はダメだということを潔く認める、それが科学だっていうんです。

それに対して、たとえば疑似科学とか宗教とかいわれる物は反証可能ではない。(p.134, p.135)

反証可能性によって、「宗教と科学」の棲み分けがきっちりとできますね。(疑似|偽|嘘)科学も。

「間主観性」について

本書で繰り返し出てくるのが「白い仮説」と「黒い仮説」、そして「グレーな仮説」。誰もが正しいと考える「白い仮説」に対し、その反対に誰もが間違いと考えるのが「黒い仮説」。その中間にあるのが「グレーな仮説」です。

世の中には、グレーな仮説が蔓延していて、いつ「白」になるか「黒」になるかは、誰も判らない。自分は「白」と思っていても、相手が「黒」と思っていれば、とうぜん話が噛み合わなくなります。

そこで必要になってくるのが、間主観性です。

客観とは、世間の誰もが白に近いと認める仮説にしたがう、ということになります。

主観とは、世間とは関係なしに自分だけが白だと考える仮説にしたがう、ということです。

(……)

間主観性というのは、要するに、「相手の立場になって考えてみる」というだけのことなのです。(p.230, p.233)

「間主観性」は哲学の言葉なのですが、こうしてまとまっていると、非常に解りやすいですね!

読了後

読み終わってみると、「反証可能性」や「相対性理論」、「E = mc^2」という「名前だけは(知っている|覚えている)」けど、何となくモヤモヤしていた事について、スッキリ解った──気がします(※個人差があります)。何度も読み直したくなる本ですね。

そして、いろいろな仮説について調べたくなりました。ちょうど、巻末に参考文献や Web サイトについての情報がまとまっているのが便利です。

──なるほど、本書は「世の中の仮説について、広く、深く知りたい」という欲求を発生させる装置になっているわけですね。本書を通して、科学という物を深く知ろうとする人も多いでしょう。

著者、竹内薫さんのブログ

心地好い読了感を味わうことができる本書。一体、どんな人が書いているのでしょうか?著者、竹内薫さんのブログを見てみました。

薫日記薫日記

──薫日記: それがやってきたに萌えた!

プロフィールの「興味のあること」を見ると、「ああ、それ知ってる」というレベルではなくて「大好き!」という物を抜き出しても「ローマの休日, オードリー・ヘップバーン, 攻殻機動隊, パット・メセニー」がマッチしました。なんかの折にうっかり(うっかり?)二人きりで話す機会があったとしても、朝まで話し合うことができそうです(仮説)。

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