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本を読むことについて

仕事中に厭なことがあり、帰って速攻でビールを飲み、いつの間にか寝て起きたら、もう 23 時──こんなことがあると、「働くってなんだろう」とか「人生の目的とは」などと、つい考えてしまいますね。しかし──。

そんなことより、ブロガにとってはネタ探しの時間がない、という方が重大だったり(重傷)。「一回休み」券を発行しようかと思ったのですが、こんなときのために、「下書き」のまま温存しておいたネタを引っ張り出しました。

「本を読む」ことについて、思い出と共に考えてみました。

子供の頃は

思えば、中学生くらいに少年探偵団シリーズを読んでいた頃は、本を読むことが好きでした。図書館に通い詰め。『指輪物語』を読んだのも中学くらいかな……。『エルリック・サーガ』の方が好きだったけど(比べて論じていいのか?)。

しかし、度重なる「読書感想文」の恐怖──強制的に読みたくない本を読んで読みたくもない感想文を書く──の末に、いつの間にか、本を読むことが厭になってきました。ちょうど、スーパーファミコンも出てきたし(そっちの方が大きな理由かも)。

学校教育って

学校教育というものは、例えば「子供はピーマンが嫌い」「本を読むのが好きな子供はごく一部だけ」というような、「子供はこんなものだ」というのを前提に成り立っているのではないでしょうか?

先に書いたとおり、自分は子供の頃、読書好きだったし、好物は「ピーマンの肉詰め」でした。たしか、『あさりちゃん』のお姉ちゃんの好物、というのを読んで、オカンに作ってもらってような。もちろん、いまでも大好きです(『あさりちゃん』ではなくピーマンの肉詰めが)。

そんなわけで、自分は「ピーマン(の肉詰め)が好き」で「本を読むのが好き」、そして「男だけど『あさりちゃん』を読んでいた」という──ようするに子供の頃からマイナ指向でした。しかし、学校という箱庭の中ではマイノリティは息苦しい。次第にマジョリティの中に埋没していくのでした。「読書なんかしてられるか! 好きな食べ物はハンバーガ!」と──。

──という話はまたいつかするとして……。

本が面白いのではない

最近、読書について考えるときに、いつも思い出すことがあります。それは、

「本が面白いのではない。面白い本が世の中にはある」

という言葉です。この言葉の真意は、敢えてここでは書きません。本を読むのが嫌いなひとに、一度じっくりと上記の言葉について考えて欲しいですね。読書好きには、何となく伝わるかと。

(ヒント: 「本」を「ゲーム」など自分の好きな物に置き換えれば、すぐ判るはず)

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