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『ほぼ日刊イトイ新聞の本』

これは面白い! 初版は 2001 年の刊行で、その後に加筆して 2004 年に刊行された文庫版を読みました。

糸井重里さんが、(埋蔵金の発掘をしながら)「ほぼ日」をなぜ始めたのか? という話から、ようやく軌道に乗り始めたあたり(2001 年)まで、そして文庫版で加筆された 2004 年では最近の「ほぼ日」について語られています。

ほぼ日刊イトイ新聞ほぼ日刊イトイ新聞

「ほぼ日」の面白いエピソードだけではなく、ビジネスの話、人生の話、遊びの話など、この本からいくらでも拾えるものがあります。

なにしろ日本語の達人が書いた本なので、ものすごく読みやすい。糸井さんの文章は、簡単な言葉でわかりやすく、深い話を書くのが特徴。この本も、全く難しい言葉は書いてないのに、ものすごい情報量を吸収できました。

糸井重里 - Wikipedia

古さを感じない

2001 年というと、「ネットバブル」はとっくにはじけたけれど、まだ「ウェブログ」とか「Web2.0」という言葉が無い時代。しかし、先を見ている人はいるんですね。いま読んでも全く古さを感じません。

たとえば、ミュージシャンの大瀧 詠一氏に「ほぼ日」の対談を依頼した際、彼は、

「『ネットはボランティアで成り立ち、シェアしあうのが当たり前』ということを当然のように考えていたインターネット第一世代の人(p.105)」

だった。これが、「ほぼ日」スタート直前、1988 年の話というのが凄い。

大瀧詠一 - Wikipedia

価値観

糸井さんが、パチンコの景品交換で取った「偽物の不細工なウォークマン」を娘にあげたところ、毎日大事に使っている(p.19-21)のが、格好良く、うらやましく見えたという。

そこから、「豊かであると信じていたことが、じつは貧しい」ことに気づいたり、「すべての価値は、カネが決める」のに疑問を持つようになった(p.27)そうです。

自分の仕事からこの疑問が生まれ、そして、それを解消する目的で「ほぼ日」を立ち上げるのですが、そのいきさつも興味深いです。誰でもマネできるやり方ではないし、後から読むと、うまくいく方がおかしい。しかし、それでもやろうとしたのはなぜなのか、と考えながら読むと、勉強になりますね。

毎日書く

記事を毎日書くためのコツが書いてありました。

  1. 誰が言っても同じことをできるだけ避ける。
  2. わからないことはわからないまま書く。
  3. あまりにもつまらんと思ったら、もうひとつ書く。

このあたりのルールを守っていると、書くのが嫌じゃなくなる。

『ほぼ日刊イトイ新聞の本』 p.173

よく聞くことですが、よく聞くだけに、真理でしょうね。

特に言及してないのですが、2 番目の「わからないまま書く」のは、「ほぼ日」では読者からメールが大量に送られてくるので、そこでフォローがあるから、というのも大きいのかも。うーん、この書き手と読み手の相互のやり取りが、すでに今どきのネット事情っぽいですね。

ガンジーさん

ほぼ日刊イトイ新聞 -ガンジーさん。

パソコンを買ってインターネットにのめり込んだのが、担当医から余命二ヶ月と宣告を受けてから(!)、というガンジーさん。ガンジーさんというのはハンドルネームで、元は自身を「癌爺さん」と呼んでいた、というのが何ともブラックユーモア。

彼がインターネットの魅力について語った言葉が凄い。

「『受けるだけではない。発信できる』。これがいちばんです。しかもリアルタイムで。」(p.273)

──これを 65 歳のご老人が、わずかの間に悟られた過程を考えると、ちょっと胸のあたりが熱くなる。何やってんだろう、しっかりしなきゃ、オレ。みたいな。

糸井さんが語る、「あらゆる不幸は、全力を尽くせないという悲しみにあるのではないか?」(p.352)という話にも繋がってきます。

そして、この手の感動的な話も含め、「『ほぼ日』って、もう宗教じゃないの?」とからかい半分の人がいるのですが、それに対する糸井さんの返事は、

「宗教だよ。出入り自由の」(p.247-248)。

──これ、すごくいいなぁ。

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