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『邪魅の雫』(じゃみのしずく)

長らく積ん読(つんどく)っておいた、『邪魅の雫』を読み終わりました。

全 800 ページ以上も あるのに、読み終わった直後「もう終わりか、まだ この世界に居たいなぁ……」と思いました。ラストが切ない終わり方で、しかも結構ばっさりと「了」に なるのです。もうあと一章くらい、たとえば「後日談」が ありそうな感じ。

本作で『京極堂シリーズ』(妖怪シリーズ)も 9 作目。おなじみの面々が登場したり、過去の事件を振り返る場面、意外な人物の再登場が あったりして、旧作ファンが楽しめる内容になっています。

本筋に絡んでくるので書けませんが、榎さん(榎木津 礼二郎)の過去の■が出てきたり──。

いつものように、大筋とは関係の なさそうな登場人物たちの雑談が、あとで事件のヒントに なっていたり、全く関係ないと思われていた事柄が、最後で一つに繋がったり──。いつもながら、凄い。そして、感想が書きにくい(笑)。会話中の雑学なども、うっかり書くとネタバレに繋がったりして。

ミステリィとして読むと、被害者たちの共通項が見つからない連続殺人事件、いわゆるミッシング・リンク物に なります。しかし──ちょっと普通とは違う「事件の繋がり方」をしていて、今までのミステリィ作品と同じように読むと、確実に混乱します(ただでさえ複雑なのに)。

photo
邪魅の雫 (講談社ノベルス)
京極 夏彦
講談社 2006-09-27
楽天ブックス: 邪魅の雫

百器徒然袋 風 (講談社ノベルス) 前巷説百物語 (怪BOOKS) λに歯がない (講談社ノベルス) 陰摩羅鬼の瑕(おんもらきのきず) (講談社ノベルス) 文庫版 陰摩羅鬼の瑕 (講談社文庫)

by G-Tools , 2008/02/15

(以下、ページ数は「講談社ノベルス」版)

ミッシング・リンク

本作は連続殺人物ですが、面白いのが、

現場の刑事も共通項が わからない段階で、なぜか上層部から『連続殺人事件』と して扱うように言われている

という部分。

普通、ミッシング・リンク物の場合は、犯人からの犯罪予告があったり、殺しの手口などの類似点があって、初めて「連続殺人事件」としての捜査が始まります。

それが、本作の事件には当てはまらないのです。それでは──なぜ?

そして、事件の全貌が見えてくると、「なんで、これに気がつかなかったのか!」と思わせる、盲点を突いてきます。この、「わからなくて悔しい!(にっこり笑いながら)」が、ミステリィの醍醐味ですね(本作は「妖怪小説」だけど)。

いつもと同じ面々の違う貌

本作の一番の特徴は、登場人物たちが、今までとは少し雰囲気が異なっているところ、かも。

榎さんは、ただでさえ出番が少ない上に、なんだか元気がない。

益田(龍一)は、軽口を叩けるような場が少なく、いつも以上に上滑り。

京極堂(中禅寺 秋彦)は、依頼された憑物落とし(つきものおとし)を失敗する(!)。(p.680 参照。これを失敗というのは酷だけど、間に合わなかったのは事実)

関君(関口 巽)は──、あんまり変わってない(笑)。というのは嘘で、ちょっとだけ、京極堂や榎さんに対して、強い物言いが できるようになっている。さらに驚くのは、今回の妖怪「邪魅」について語るのは、中禅寺ではなく関口(p.526)なのです。これは びっくり。

──と、こんな感じ。一番いつもと違うのは、榎さんかな? それは何故か、は最後のお楽しみ──。

(ラストで泣くか喜ぶか、榎さんファンの品格が問われる・笑)

まとめ

まとめ──られないなぁ(笑)。まだまだ拾えるネタが たくさんあるので、いつかネタバレあり感想も書きたい。シリーズ完結後、とかに。

最後に、印象的な部分を引用して終わります。

愛情とは他社に与えるものであり、また一切の見返りを求めないものだ。これだけ愛してやったのだから、このくらい愛を返せなどと云う考えは、根本的に間違っている。

愛情は常に一方通行なのだ。そして一切の強要は出来ないものだ。そして無情の愛とは、対象を信頼することである。

『邪魅の雫』 p.140

「世間ってのは何です ?」

君と僕だと中禅寺は云った。

「は?」

「君でも、僕でもない、君と僕だ。(……)」

『邪魅の雫』 p.168

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