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『φは壊れたね』

G シリーズの一作目、『φは壊れたね』(ファイ──)は、西之園萌絵(にしのその もえ)と大学院生たちが密室殺人の謎に挑むミステリィ。

Gシリーズ (小説) - Wikipedia

自室で宙吊り状態になって死んでいる芸大生。発見された当時、密室状態になっていた。過剰に装飾された部屋や、死体に付けられた羽、そして、おそらく犯行直後から室内を隠し撮っていたビデオとあわせ、まるで芸術作品のよう。犯人の意図は? そしてビデオテープに書かれていたタイトルの意味とは?

ファン(おもにオレ)待望の新シリーズ! 密室での殺人事件! 犀川と萌絵、国枝も登場 !!

──と、宣伝文句を派手に並べられる、いくらでも盛り上がれる要素があるのに、読後はもやもやする……。このもやもやは何だろう……?

それはなにかと尋ねたら? ベンベン♪(このネタ、何割くらいに伝わるんだろう?)

Vシリーズ」のコンセプト、シンプル・シャープ・スパイシィから、スパイシィを外した状態。──つまり、ボリューム感がないのです。ほかの作品と同じくらいの文字数なのに、短編を読んだような感じ。

旧作のキャラが登場するところも、逆に「シリーズ外の短編を読んだ」ように思えてしまう……。

それではこの作品は失敗作? ということはなく、面白かったので、すぐに自作の『θは遊んでくれたよ (講談社文庫 も 28-35)』も買いました。

お決まりの表現

それでもやっぱり、旧来のファンは物足りなさを感じるのでは? 自分もそう思いましたが、なにしろ作者が「あの」森博嗣さんですからね……。おそらく、そういう風にデザインされているのでしょう。

以前、自作を語るときに、このようなことを書かれていました。

「お決まりの煽り(あおり)」がなければ、読者はどきどきしない。同様に、ミステリィにおいても、警察をはじめとする関係者に「前代未聞だ」「摩訶(まか)不思議な現象」などと言わせなくては読者はそう思ってくれない。(……)煽りがないリアリティに遭遇すると「あっさりしたトリックだ」感じるようだ。

100人の森博嗣 100 MORI Hiroshies (ダ・ヴィンチ・ブックス)』 p.18

真のリアリティとは

今回は、自分や知人のために事件を早く解決する必要がない、つまり、主要人物たちにとって重要ではない事件でした。さらに、探偵役らしい探偵役がいない(本物の「探偵」はいるけど)──というか、旧シリーズの犀川創平(さいかわ そうへい)みたいに、謎解きの手がかりを小出しに教えてくれるような人物がいない、というのが大きな違い。

ようするに、たまたま殺人事件が近くであった、または巻き込まれただけで、主人公たちと事件は、関係がない。以前と比べ、萌絵も事件の解決に積極的には見えません(大人になった、みたいでちょっと悲しい)。

そう、これこそが「殺人事件と一般市民」を正しく描いたリアリティなのでは?

──とはいえ、ちゃんとミステリィ成分もあるし、今どきの学生らしいドライな関係も描いている。G シリーズから入った人が『すべてがFになる』を読むと、萌絵がキャピキャピしているように見えるかも。

まとめ

大学生トリオのキャラについてざっくり。

加部谷恵美(かべや めぐみ)は儀同世津子(ぎどう せつこ)、山吹早月(やまぶき さつき)は萌絵、海月及介(くらげ きゅうすけ)は犀川プラス国枝、と思っておけばだいたい大丈夫(ファンの反感が怖い)。それぞれ、初期のころのイメージね。

こんなことを書くと、キャラの幅が少ない、と書いているように見えるかもしれません。しかし、読んでもらうと分かるとおり、今まで以上に「いるいる感」がする人ばかりです。超人がいなくなった、みたいな。

この「普通の人たち」がこれから、どんな事件に出会うのか? 楽しみだ。

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