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『バクマン。』 9 ページ 「条件と上京」 (週刊少年ジャンプ 2008 年 46 号)

恐ろしいことに、自分の人生の半分もサイコーたちは生きていない。それなのに、自分よりも何倍も濃い人生を歩んでいる。

──同じことを感じている人も多いのでは。この作品を読んで、ひたすら自分の過去を嘆くか、ただただ甘い妄想に浸るか、それは自由だ。「いま」から何かをがんばる決心をする自由も残されている。自分の場合、将来は「書く仕事」を始めようと決めた。書く物がエッセイなのか小説なのか、はたまたプログラムなのかは固まらないが……(一番大事なことでは?)。

前半部分の見どころは、「お隣同士」になったサイコーと亜豆の授業風景だ。こういうのを見ると「もう戻れないあの日」を強く感じる。そしてその直後に、戻れないどころか存在しなかった体験──と気付く。

「一話の感想を複数回に分けて書く」キャンペーン・秋の陣(?)は、しばらく続きそうだ。今回も分けて記事を書いた。明日も長くなりそうだ……。

方向転換

持ち込みの感触が良くなかったため、シュージンは話の作り方を変えることに決めた。サイコーも同意する。

サイコーはネームに口を出さない、シュージンは絵に口を出さない──そう二人で決めた。しかし、これからはお互いに話し合って作品を作るようだ。すべては、作品をより良くするために。

このあたりの描写は、どうしても作者たちの姿を重ねて見てしまう。以前に書いたとおり、『DEATH NOTE』の時は、大場さんと小畑さんが会う機会は少なかったようだ。それが、『バクマン。』ではお互い納得した話でいこうと決めた──と読める。

バクマン。 NO.7「笑顔と赤面症」 女泣かせのシュージンとミホの親友 : 亜細亜ノ蛾

しかし、おそらく真相は逆なのではないか。つまり、「サイコーとシュージンは口出しをし合うことに決めた」「大場さんと小畑さんは違う」「よって、この二組を同一視することは、もうやめて欲しい」という作者からのメッセージだ。考えすぎかもしれないが……。

マンガ家への道を歩み始めたばかりのサイコーとシュージンが、話し合いながら作品を描くのは良いことだ。お互いの長所も短所も見えてくるだろう。信頼できる仲間に巡り会えたのは、素晴らしいことだ。うらやましい……。

落書き

サイコーが何気なく始めたノートへの落書きは、思わぬ展開を呼ぶ。

そうそう、中学生時代で「絵がうまいヤツ」の特権はこれだよ! ノートや教科書・黒板へ落書きしてウケを取る。自分の中学生時代の親友は、サッカー部のエースなのに絵がうまく、『ドラゴンボール』の模写が得意だった。そいつ、モテモテだったなぁ(オレのことは聞くな)。

トリビアの泉」で教科書に描く落書きのランキングが放送されていた。YouTube で見つけたので、おヒマならどうぞ。

YouTube - 落書きランキング
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よい子のみんなは、教科書に落書きなんてしないように! いまはネット上で落書きを体験できるのです。下のサイトをご利用ください(さりげなく文部科学省の推薦ブログを狙っている)(ウソ)。

教科書.net

授業中に好きな女の子と秘密の会話をこっそり楽しむ──何という「鼻血ブー」な状況だろうか! サイコーが「亜豆さん」と書いているのも、ウブな感じがして良い。そんなリア充体験は、先祖を七代くらいさかのぼっても、自分の遺伝子の記憶には書き込まれていないぞ。「DNA の乗り物」をどこで乗り間違えたのか……(よく分からずに言っているので、ツッコミは勘弁な!)。

隣にいるのに話せない──そんな蛇の生殺し状態と思っていたのに、たった一日でヘブン状態だ。──って、そこまでは行っていないけど。

恍惚/ 同人誌コミケ用語知識/ ヘブン状態/ ヘブン顔

それにしても、亜豆が優等生タイプではなくて良かった。「授業中にそーゆーのは、よくないと思います」とか言い出したら──それはそれで、アリかも(ゴクリ)。

天才高校生

集英社・ジャンプ編集部内で動きがあった。サイコー達のライバルである新妻エイジの自宅へ、編集長が向かう。

ジャンプの編集長が自ら、エイジを高校生デビューさせるために親を説得しに行く。一大事だ。前代未聞のことだろう。それほどエイジの才能が優れているということだ。

入選間違いなしの作品を毎月投稿し、彼ひとりで手塚賞を独占する勢いのエイジ。──主人公のライバルとして申し分ない。申し分ないどころか、魔人ブウ並の強さを感じる。彼がラスボス(何)と見て間違いないだろう(この上「小学生デビュー」は出てこないことを願う)。

エイジのすごさが見えてくると、服部の発言に疑問が出てくる。彼は、サイコーとシュージンがエイジを3 年後には追い抜いてると思いますと言っている。現時点では、そこまでサイコーたちの才能は見抜けないはずだ。

──いや、「マンガだから」3 年後のサイコーたちは、本当にエイジを追い越すくらいのマンガを描いているだろう。アニメ化を実現しているかもしれない。しかし、そういったメタな視点を抜きにして、服部の立場から「ふたつの地球」を読んだとする。その前提で作品ひとつを見てサイコーたちの「3 年後」を予測するのは、無理があるだろう。

何が言いたいのかというと、服部の編集者としての力量に疑問がある、ということ。いろいろとサイコーたちの将来を考えてはいるが、服部にはまだ実績がないようだ。サイコーとシュージンと一緒に、服部も成長するキャラクタとして描くのだろう。自分は、そう期待している。

まとめ

大人っぽいしっかりした考えと、中学生らしい場面の両方を、巧みに見せてくる作品だ。よく考えると、大人の世界へ子どもが上がり込む話でもある。大人に利用されて、子どもたちが貴重な才能を食いつぶされないか、心配だ。──まず、そんな展開にはならないと思うが(ジャンプ誌上を舞台をにして それをやったら、伝説になるよなぁ)。

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