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『バクマン。』 10 ページ 「不安と期待」 (週刊少年ジャンプ 2008 年 47 号)

今回も激しい話だった。

いつもそうだが、あらすじだけを聞くと面白くないと思う。見せ場となる場面も、ほかの(バトル)マンガみたいに分かりやすくない。それでも、何度も読み返したくなる面白さだ。

今日の感想は、二人が作品を仕上げて、ジャンプ編集部へ持ち込んだところまで。

シュージンの好調さと対象的に、サイコーが少し落ち込んだのが気になる──。

目標は手塚賞入賞

サイコーは手塚賞を取る決意を固めた。しかし、締め切りまでは 1 か月を切っている。シュージンの原作も、なかなか良い話ができない。間に合うのか──?

一コマ目から、不穏な空気を感じた。ここに来て、二人が別々の環境で作業を進めることになったのだ。前回では乗り気になっていたシュージンも、強引なサイコーに嫌気が差したのだろうか……。

──と思っていたら、どうやら本当に一人の方が集中しやすいというだけだった。(いつものように)考えすぎかもしれないが、このように深読みさせる描写が上手だ。二コマ目で二人の表情をカットしているところからも、仲が悪い感じを連想させる。実際には違っていて、安心した。

原作のあらすじを書き上げるシュージンがすごい。自分にはそのような才能はない──と思い込むことで安心している。話を作れる人は、それだけで尊敬する自分だ。きっと、「そう思うなら書いてみろよ」と言われるだろう。

森博嗣さんのブログ・MORI LOG ACADEMY を読んでいると、まるでルーチンワークのように小説を書いていることに驚く。ちょうど最近、MORI LOG ACADEMY: 文系・理系よりもに書かれていたが、森さんは自称・「図形系」──映像で物事を思考しているようだ。小説のストーリィは、すべて頭の中に映像ができあがっていて、それを文字に起こしているだけ、とのこと。

シュージンは、森さんが言うところの「記号系」──言語で思考するタイプだろうか。今回、ノートに書かれたネームの原型が登場する。それを読む限りでは、思いついた言葉を書き留めているうちに想像が広がっていく──そういう文章に思えた。ダカラ「ドーダコーダ」言ウワケデハ ナインデスガネ(『ジョジョの奇妙な冒険 (38) (ジャンプ・コミックス)』 p.185)。

『1 億分の』

学校が終わってからも、シュージンは 10 本のあらすじを書いた。翌日、サイコーの目に留まったのは『1 億分の』という話だった。

正直に言うと、『マトリックスシリーズ』などの作品をミックスしたような話に読める。また、『ふたつの地球』といい、セカイ系が好きだなシュージン、とも思った。

ref.: セカイ系 - Wikipedia

ただし、ありがちなのは前半の導入部分だけだ。後半は(都合良く)読めなくなっているのだが、何かを読み取られてはいけないという記述がある。これは、『DEATH NOTE』で描かれた「制限の面白さ」を盛り込んでいるのだろう。ううむ、気になる……!

『ふたつの地球』と『1 億分の』を合わせて 1 つの作品を描けばいいのでは、と思った。とんでもなく大きな風呂敷になるが、大場先生──もとい、シュージンなら上手にたたむだろう。

仕事場へ向かうサイコーとシュージンの浮かれ具合が笑える。はじけすぎだろ、シュージン。この二人が走り出す場面は、何かだまし絵みたいな構図になっていて、初めはサイコーの足がどれか分からなかった。──自分だけ?(こう書くときは、賛同者がいることを 100% 確信しているよね)

サイコーとシュージンが仕事場で設定を練っている場面は、文字通り「中学生がマンガの話を考えている」姿が微笑ましい。いや、マンガ家は大人になっても、このように編集者と話し合いながら作品を作っているのだろう。

特に話がすごくいい

なんとか手塚賞に間に合うように作品を仕上げた二人は、さっそく編集者の服部に原稿を手渡した。

奇跡的なくらい面白い気がすると自己評価ができて、なおかつ服部からも気持ち悪いぐらい誉められた。しかし、サイコーの顔はさえない。服部が高く評価したのは、サイコーの絵ではなく、シュージンの話だからだ。

今回は「シュージンの回」という感じがする。この持ち込みの場面でも、シュージンの気遣いが光る。服部に話の良さを評価されると、すかさずサイコーの意見を取り入れたことを話す。自分ひとりで話を書いたのではない、とはっきり示したのだ。これは、なかなか できない人も多いのでは。

逆に、服部は評価を下げた回でもある。くわしくは明日以降に書くとして──。服部がこの作品を──そして二人を推すのは、初めて(または久しぶり)自分がつかんだチャンスと思ったからでは。実際にどれくらい『1億分の』が面白いのかは分からない。しかし、作品の面白さ以上に、服部は「中学生でデビュー」させることにこだわっている──そう見えた。「天才高校生」の新妻エイジへ対抗するために。

その服部の熱意に、シュージンは「引いて」しまった。作品を作っている最中は自信があっても、持ち込みの時には不安──というのは以前と同じだが、今回はかなり様子が異なっている。二人で手塚賞を取る気で集英社にやってきたのに、帰りには冷めているシュージンが面白い。常に冷静で客観的な視点を持つシュージンらしい。

まとめ

マンガらしい絵を描くのは難しい。同じ上手な絵でも、線が多く書き込まれているより、省略されたほうがマンガには合っている。しかし、単純に線の数を減らしただけでは、ページがスカスカに見える。高度なバランス感覚が要求される。週刊の連載を持っているマンガ家は、本当にすごい。どうやって作品を仕上げているのか、想像ができないほどだ。

「絵がうまい」だけでは渡っていけないマンガの世界で、サイコーは苦悩する。彼の転機はやってくるのだろうか──。

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