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『SAW V』(ソウ 5)

最初に書いておく。『SAW』シリーズの考察を読みたい人は、「さるお」さんのブログを熟読すべし!

さるおの日刊ヨタばなし★スターメンバー

現在(2008-11-29T22:50:33+09:00)はまだ『SAW V』の感想は書かれていないが、事前の予想がスゴすぎる。ハッキリ言って、公開前に書かれたとは思えないくらい『5』の内容と『SAW』の本質を言い当てているのだ。公開前にネタバレを描ける人は、さるおさんくらいだ。

さるおの日刊ヨタばなし★スターメンバー: さるお発『SAW V』予想/解読

自分には、彼くらいの深い考察は書けない。そこで、自分なりの感想を書いた。

さて、『5』だが──今までと明らかに違う作品に仕上がっていた。とくにラストが決定的に違う。監督が替わったことも大きいのだろう。はたして、『SAW V』という作品は面白いのか? 劇場でいま見るべき作品なのか?

──答えは「自分で見てから考えたら?」である。

少なくとも、『SAW』ファンなら見て損はしない作品である。それに、この「年一回のお祭り」が続いていくことが保証されたのだ。「『SAW』は○作目で終わるべきだった」という声はあると思うが、自分は来年も楽しみにしている。まだまだ悪夢は終わらない──。

ここからは、なるべくネタバレにならないように、まだ映画を見ていない人が読んでも損をしないような感想を書く。──とはいえ、上の一行が最大のネタバレだと思うが……。

『SAW V』の位置づけ

『5』のパンフレットによると、『3』と『4』は表裏一体になっているそうだ。

──本当だろうか。自分には、『1』と『2』・『4』と『5』とが深く関連づけされている、と思う。『3』だけ異質で、『2』からも『4』からも遠く感じる。

正直、『5』は『4』の答え合わせのような映画だ。『6』以降の制作が決定しているので、その準備段階のような作品に見えた。

テーマ

殺人と更正の違いはどこにあるのか──それが今回のテーマだろう。

ジグソウは殺人を嫌悪している──そう語る。この言葉に、うっかり納得した人もいるのでは。自分も拍手喝采したいところだが──それは、ジグソウのファンだけだ。危ない思考である。

ジグソウによって「救われた」(と感じた)人がいたとしても、彼の行為は許されない。ジグソウの計画には、彼の狂気が含まれている。

ただ──映画を見ているとき・ブログに感想を書くときくらいは、狂気に毒されても良いと思う。それくらいの息抜きは良いだろう。しかし、くれぐれも同僚を相手に「自分はジグソウが正しいと思う」などと発言しないように……。

トビン・ベル

やはり、ジグソウは彼しかいない。『2』のころから、トビン・ベルのカリスマ性で成り立っているシリーズと言えるだろう。

『5』でも、ジグソウの黒い輝きは健在だった。彼ほど「何もしない」で多くの人間を死に追いやった者は いない。──と思い込みたいので、回想シーンで「大道具さん」の姿をさらすのは控えめにして欲しかった。そうか、アレは誰かの妄想なのかも。そうだそうだ(信者乙)。

気になるところ

残念なシーンもある。いままでよりも詰めが甘い印象を受けた。

誰でも突っ込みを入れたくなるのは、ジグソウたちがトラップの準備をしているシーンだ。なんと、まったくの素手・普段着で作業を進めるのである。FBI に追われる身なのに、指紋や頭髪から身元を探られる心配をしていないのは絶対におかしい。いや、『2』を見て分かるとおり「彼」だけなら問題ないのだが……。

もう一つ、「携帯電話」のトリックは、どう考えてもズサン過ぎる。あれで FBI の人間をだませると考えたのがスゴい。──まぁ、実際にウマくいったのだが、だまされた彼が無能なのだろう。

あとは、ラストの「テープを聴き終わる位置」が都合良すぎる。あの前に最後まで聴いていたら、どうなったか。ここはテープを 2 本用意するべきだろう。

「GAME OVER」は?

いままでと決定的に異なるのは、最後の場面だ。

この章のタイトルでバレバレだが、「あのセリフ」で終わらない。じつは、これは深く考えられる余地があって面白い。つまり、「最後のトラップはゲームではない」という意志が読み取れる。更正よりも殺人に取り憑かれたような「彼」らしい悪趣味さを感じた。──ただ、これはたんに「次回に続くので歯切れを悪くして終わる」という『マトリックス リローデッド』と同じ手法かもしれない。

ゲームは、まだ終わらない。来年のハロウィンまで、じっくりと今までのジグソウの歩みを見直すか──。

考察は書かない

一度キチンと別の記事で表明したいのだが、このブログでは考察や解読は書かない(書けない)。自分の感想を書く。なぜなら──さるおさんを始め、世の中には逆立ちしたって敵わないスーパーブログ人(?)みたいな人がいるからだ。『HUNTER×HUNTER』などの冨樫作品と『エヴァ』に関しては野火ノビタ(榎本ナリコ)さんがいる。

榎本ナリコ - Wikipedia

彼ら彼女らの書かれた文章──自らの内から吐き出された言葉・真理と虚構をつなぎ合わせる思考・作品と その創造主に対する深い愛──に触れるたびに、自分の無力さを感じてしまう。「それでも歯を食いしばって負けないような考察を書くのがブロガというものではないか」とも思うのだが──スンマセン無理です。なんでソコまで作品を読み込めるのだ? 尊敬するほかない。

ただただ深い思索に感心し、敗北宣言をするとともに、「でも、感想だったら自分にも書ける」と思い直す。だから、書いた。

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