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『バクマン。』 21 ページ 「壁とキス」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 08 号)

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「壁キス」というタイトルだと、なんだかむなしい映像を想像し、苦笑してしまう。いつもの通り、「a and b」 2 つの物を並べているだけなのだが(この文の「と」の使い方いい、日本語は難しい)。

マンガ家を目指してから最大の壁にサイコーとシュージンは ぶつかっている。前回のラストで盛り上がった感情は、どこへ行ってしまったのか。

そんな 2 人の空気に感染したせいか、自分もスランプだ──と更新が遅れた言い訳をしておく。本当は、ウェブブラウザ(Firefox 3.1)の設定が急に異常をきたし、直すのに数日を要したのだ。自分のような人間は、少しでも「いままでの環境」が崩れると、やる気がなくなってしまう。または、なんとか環境を改善する方向にすべての力を費やし、ほかを放棄する。

プロの作家──とくに週刊で連載しているマンガ家は、仕事道具が急に壊れたら、どうするのだろうか。「今週号の○○は、作者お気に入りのペン先が売り切れのため休載です」という断わり書きは、少なくとも自分は見たことがない。自分としては、「作者取材のため」よりは納得できるのだが。

将来買われてる

第三者から見れば急成長が著しいサイコーとシュージンだが、編集部の期待に対して本人たちは意外に感じている。こういう例は多いだろうな、と思った。どんなに才能があっても、他人からの評価を受けないと自分の実力が測れないのが人間だ。

ヒトが人間になるには、人と人との間──つまりは関係が必要だ。

前回、編集部の批評と期待感を服部から聞かなければ、2 人は落ち込んだままだったろう。服部という編集者と巡り会えたことは、2 人にとって幸いだ。

世の中には叩かれて成長する人と、誉められて伸びる人がいる。人の上に立つ立場の人は、叩くこと・誉めることを使い分けて欲しいものだ。服部には それができる。

自分は甘やかされて育った。そのせいか、典型的な「自称・誉められないとダメなタイプ」である。よくいる「この子はやればできる子なんです」と言われ続けた子どもだったのだ。自分はそれを聞いて、「やったらできる、って(日本語として)当たり前じゃん」とずっと思っていた。「写真は image です」みたいな(──たとえが間違ってないか?)。

いま気が付いたが、よく考えると、「do(行なう)をすると、done(行なった)をしたことになる」という意味で言っていた──のではないのか。「do(行なう)のための can(実行できる)をする能力がある」と親は言っていたのだ。──って、え、それって小学生の低学年レベルで気付くべきことなのでは……。

──以上、人の話は素直な心で聞きましょう、という教訓である。オレの 34 年間って、いったい……。

連載に近い新人

だらけているサイコー・シュージンと、がんばっている香耶(かや)との対比が、同じページで描かれていて面白い。いうまでもなく、見どころは別にある。何とも迫力のある見吉の──。

ここから数ページは、珍しく「ずっと見吉のターン!」という感じになる。自分が好きな人物なので、見吉の活躍の場が増えるとうれしい。

ストーリィ上、サイコーとシュージンは新妻エイジのライバルになっている。しかし、まだまだ双方の実力差が大きい。少なくとも 2 人より連載に近い新人軽く 15 人いるのは驚いた。おそらく、その新人の候補たちは作品上には まったく表われないだろう。それなのに、2 人にとって乗り越えるべき壁になっている。世の中は思っている以上に広い。

サイコーもシュージンも、お互いに「お前は実力があるのに自分がダメなんだよな」と思っている所が良い。これが最後まで「あいつが足を引っ張っているんだよな」と変わらないで欲しいものだ。実際、コンビを組んで仕事をしている人の多くは、この葛藤を持っているのだろう。全員がエイジのように(マンガのことは)1 人でできると楽なのに。

何じゃないわよ

サラリと見吉は言う──「ずっとあたしのこと見てたじゃん」と。これって、けっこうスゴいセリフだ。それに対するシュージンの返しもスゴいしヒドい。お互いに素でマンザイをしているようだ。

近場で面白いやり取りを見ているのに、サイコーは いつも薄い反応だ。サイコーたちが描きたいマンガのジャンルは「王道バトルマンガ」なので、見てもネタにならない、と考えているのだろうか。──でも、『ONE PIECE』や『BLEACH』という王道中の王道マンガはマンザイ・コントが多いよな……。

そう考えると、自分が『NARUTO』をあまり好きではなく、正直「なぜ売れているのか分からない」と感じているのは、お笑い要素の弱さ(毎回同じネタ)なのかも。たとえば、『BLEACH』の久保帯人先生は、延々と 1 話丸ごとお笑いでも十分に描ける。それに、本人は大まじめにスタイリッシュバトルを描いているのに、笑える回があるのは素晴らしい才能だ。面白いよなぁ、鰤(でも、たまには関西弁の人たちも思い出してほしい)。

そういえば、専門学校時代に自分も「私のこと見てたでしょ」とかわいい女子から言われたことがある。シュージンのように頭の回転が速くもなく、イケメンでもない自分は「フヒヒ……サー……セン……」的なキモい受け答えしかできず、焦った。あの時、自分が気の利いた受け答えができれば、もっと仲良くなれたかもしれない。──脳内で美化された記憶によれば、だが。

サーセンwwの後にwをつけない恐ろしさ カナ速

──と、自分を語り出して止まらなくなる前に、明日へ続く……。

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