• 更新:
  • 投稿:
  • カテゴリィ:

『バクマン。』 21 ページ 「壁とキス」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 08 号)

Endless Love CreativeCommons Attribution License, Sabrina

今週号ではデートの時の見吉が見られる。見吉の私服はかわいらしくて良い。シュージンも至福を感じただろう(書かなければ良かった)。

かわいく・格好良く見えたのは制服姿だけで、デートに誘ってみたら私服が最悪だった──そんな悲喜こもごもな声が全世界で報告されている。あまり言うと、けっきょくノロケに聞こえるので注意が必要だ。

中学生時代は「カーチャンが買ってくれたケミカルウォッシュのジーパン(タック入り)」をサラリと着こなしていた自分だが、ファッションチェックをしてくれるカノジョがいなかった。幸か不幸か。

エイティーズの流れに乗って復活!ケミカルジーンズ 細身のサイズ感、付属で新鮮に - Yahoo! FASHION

スゲーカワイイ

自分が子どものころの想像では、「2009 年」なんて想像も付かないほどの近未来である。、デートの場所は「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」というカノジョの要求を言葉通りにかなられるはずであり、当然のように車が空を飛んでいる──はずだった。まさか、いまだに戦争の相手が地球人という野蛮な世界とは……!

デートで「どこへ」行くかは問題ではない。重要なのは「誰と」遊ぶかである。「○○さんって、かわいいね(笑顔)」と言われて喜ぶか、「あ、それ、セクハラなので訴えます」となるかの違いと同じだ。

そのような理由から、何年も前からデートの場所は変わっていない。イマドキの高校生でも、シュージンの提案で出た映画 カラオケ ボウリング、あとは食事に行くくらいか。根本的に紀元前から変化が少ない気がする。まぁ、デートでカラオケなどに行くのは前菜であり、その先に待っている(はずの)「メインディッシュ」までの余興なのだろう。

カラオケの起源を調べてみると、面白い情報が見つかった。ここに紹介する。

最初のカラオケというサービスの考え方とそれを実現する装置が1971年に井上大佑(いのうえ だいすけ)という一人のバンドマンによって発明された。

(……)

彼は1999年、米国タイム誌の「今世紀、アジアにもっとも影響のあった人物20人」という特集の中で「毛沢東やガンジーがアジアの昼を変えたならば、井上はアジアの夜を変えた男だ」と紹介された。

カラオケ - Wikipedia

ボウリングの起源も興味深い。なんと、歴史をたどると紀元前5000年頃にはボウリングのボールとピンが存在したそうだ。日本にできた最初のボウリング場も、意外なほど大昔だ。いつできたのはご存じでない人は、下のリンク先を見て驚こう。まさか、人類がサルの時代から「ザ・スターボウリング」を放送していたとは……!(ウソ)

ボウリング - Wikipedia

必ずいいものを作る

今週号では影の薄いサイコーだが、仕事場で絵の練習をしている場面は良い。

こうやって友だちや仕事仲間を信頼するのは、なかなかできないものだ。どうしても裏切りや逃げる姿を想像してしまう。なにしろ、サイコーもシュージンも遊びたい盛りの高校生である。さらには、作中では夏休であり、シュージンには恋人もいる。──ここまで不安な要素を列挙すると、仕事場に引きこもっているサイコーが鉄の意志を持っていると分かるだろう。

見ると分かるとおり、サイコーは下書きのような線を G ペンで直接描いている。これに違和感があった人はいるだろう。小畑健さんともあろう人が、「下書きに使う鉛筆と G ペンとを描き間違えた」のだろうか。──違う。

これは、絵の練習は消えないペンで描く、という手塚治虫氏の教えに従っているに違いない。──と書きながら未読で申し訳ないが、『マンガの描き方』に載っているらしい。次の引用文は、寺田克也氏の言葉である。この号のコミッカーズは絶対に手元に置いておくべし!

手塚治虫の『マンガの描き方』に載ってるんですよ。落書きをするときは消せないものでやれって。鉛筆で描くと消しちゃうから、どこが悪いかわかんなくなるって言うんですよ。で、「はは~」って思って。神様ですからね、きちんと聞かないと。

『季刊コミッカーズ 夏号』(1999 年) p.15

壁に当たってる

恋人同士になって以来、あまり良い目に遭ってこなかった見吉が楽しそうにしている。いつも最後は つまらなそうな顔で終わっていたカヤも、今回は幸せそうで良かった。

──しかし、岩瀬とか ははと探りを入れる見吉は怖い。明らかに目が笑っていないのだ。どうなんだろう──女の子って、自分で恋を勝ち取ったあとでも、浮気の可能性は絶対に消去しないのだろうか。彼氏としては、うれしいようなウザいような。

熱心なジャンプ読者には言うまでもないが、シュージンは壁に当たっているが、見吉はあててんのよ、である。

気分転換

サイコーが仕事場から帰るシーンは、なんともマンガらしい偶然が連続する。

シュージンと見吉を見た直後のサイコーが面白い反応をする。「いや 高 1 だし」って、「高校生だから当然のことだろう」という意味か、「まだ高校生なのに早いぞっ!」という意味か、考えて見ると楽しい。どちらにせよ、次に 2 人と会うときにサイコーは気まずいだろう。

それにしても、シュージンが見吉との仲を深めているのは、本当にマンガの気晴らしだったらガッカリだ。とはいえ、自然と恋に落ちた場合では、マンガをおろそかにしている、とも取れてしまう。

マンガに限らず創作活動には、あらゆる人生経験が生きてくる。見吉との恋が良い方向に進むことを願うばかりだ。

最後の場面では、サイコーの決断した理由が気になる。いろいろな原因でヤケになったようにも感じるし、それらをバネにして前に進むことを決めたようにも見えるのだ。後者であって欲しい。

サイコーの無茶な目標(18 歳までにアニメ化)のためには、誰かの元でアシスタントをするなんて、初めから選択肢になかった。そのはずだ。しかし──大場つぐみさんのことだから、連載が始まる前からこの展開は考えていたのだろう。いつもの通り、ボーッと読んでいた自分は、まんまと驚かされた。すこし悔しいが、それ以上に心地好い。

このマンガの展開と同様に、過去を振り返ることなく目まぐるしい速度でサイコーは先を目指す。シュージンもちゃんと追いつくはずだ。しかし、新妻エイジは さらに先にいる。サイコーとエイジの関係がどうなるのか、じつに興味深い。

[2] このページの一番上へ戻る