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『バクマン。』 27 ページ 「策士と騙し」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 14 号)

Perennial pains (by amirjina) (by amirjina)

「『バクマン。 2 (2) (ジャンプコミックス)』の発売日だというのに、Amazon ではまだ書影(表紙の写真)が掲載されていない。なんということだ。せっかく「どう見てもガモウひろしです。本当に(ry」というネームが載っているのに、宣伝しにくいではないか。ぶつぶつ……」

──という大きな独り言は置いておいて。

以前から不思議に思っていることがある。なぜ、服部もシュージンも、そしてサイコーも「高校をやめる」ことは考えないのだろう。義務教育は終わっているのだから、無理に高校に行かなくても良いではないか。あと、新妻エイジの高校生生活も、ちょっと想像ができない……。

週刊少年ジャンプという「少年誌」でやっているマンガだから、という理由のほかに、サイコーとシュージンが高校に通う意味は あるのだろうか。

自分は「家から近いから」という理由で工業高校へ通っていた。理由だけは流川楓と同じだが、ルックスも才能もなかった自分には、ひたすら無意味な三年間だった。在学中から「卒業証書が欲しいから通っている」と公言していたし、実際にその通りだった。いまでも「最低でも高卒ではないと職がない」というくらいのメリットしか感じていない。

サイコーやシュージン・マンガに出てくる高校生のように、何か強烈にやりたいことがあれば、自分なら高校なんて行っていなかった。──いまになってこんなことを言うのは簡単だが……。

僕に任せて もらえないか?

今回の服部は、いつも以上に積極的だ。強引と言ってもいい。読者は服部のモノローグを読めるから良い。しかし、作中の登場人物からすると、服部の発言に悪意があるのでは、と疑いそうだ。

実際には服部に悪意──雄二郎のように自分の出世や保身のためにマンガ家を利用する、という考えはない。シュージンも、服部がそんな悪だくみをしているとは思っていないようだ。

でも──このページの「僕の言う通りに やってくれれば──」とか、「違う 僕もビックリ したよ」と言ったセリフは、ペテン師がよく使いそうである。「ところで、この洗剤を使ってみたら手肌が荒れなくなったよ」などと言い出しそうな雰囲気だ。

なぜ、服部の言葉は相手に伝わるのか。

──これまでに、サイコーとシュージンとの間に誠実な関係を保ってきたからだ。自分はいままで、服部の「上げて落として、また上げる」やり方を賞賛してきたし、見習おうとも思う。ただ、けっきょくそこに「誠意」がないと、ただのサルマネどころかウソつきになる。

そう、コミュニケーションに how-to はいらない。どうすれば自分の「まごころ」を相手に伝えるのか、そこに意識を集中するだけだ。──休みの日は一日中、家に引きこもる自分が言っても説得力はないけれど……。

──と、服部の良心についてさんざん評価しているが、悪意というか 2 人を自分のために利用する気持ちはない、とは言えないところが面白い。

「はい連載」

久しぶりの「ジャンプ編集部のバクロ・コーナ」がやって来た。

以前に自分も書いたが、新連載のマンガは「どこまで話を作ってから連載を始めるのか」が疑問だった。服部の話しぶりによれば、準備があまりできていない段階でもちょっと面白ければ 「はい連載」となるようだ。

多くの新人・新連載を世に出して成長を続けてきたジャンプだが、このやり方では本当の天才しか生き残れない。そこそこ面白いマンガを描ける新人が、ジャンプのシステムでつぶされた──ということもありそうだ。新人ではないけど、『サムライうさぎ』の人とか……。

ジャンプ打ち切り漫画家DB

──ひょっとすると一番の問題は、過去に天才が何人もデビューしていることだったりして。鳥山とか冨樫とかガモ──大場とか。この中でも、冨樫先生は(連載中なのに)話をみっちり作っているから、服部の理想ではないか(言うまでもないが、イヤミ)。

高校行きながら

高校の卒業までネームを練ることを服部は勧める。しかし、シュージンは、簡単には納得ができない。サイコーがデビューを焦る理由をシュージンは知っているからだ。

それでも、服部の呼びかけはコンビを再結成したがっているシュージンには、かなり魅力的に聞こえたはずだ。服部の提案はかなり具体的だし、普通に考えれば成功への一番の近道に思える。

それなのに、あくまでもサイコーのことを考えて断わるシュージンは、スゴい。さらに、自分の力だけでサイコーを呼び戻そうとしている。少しくらいは服部の力に頼っても良さそうなものだが、それもしないのだ。

これでも充分だ

ここでようやく、服部の「ワル」な表情が見られる。──最大限のワルがこれだとすると、やはり服部は心の底から悪にはなれないのだろうな、と安心した。

サイコーもシュージンも、去り際が同じように見えるのが面白い。相手の感情が高ぶったところで自分は冷めることによって、逆に印象を強くする──という服部の策ではないか、と思うくらいだ。ここで服部も熱くなってシュージンを説得していたら、まったくの逆効果だ。──これは、実践的なテクニックに見えた。

さて、ここからがもっと盛り上がるところだ。いつもそうだが、この先のネームを想像しても、絶対に誰も大場つぐみと同じくらい面白いネームはできない、と思う。先週号からの流れから考えれば、サイコーとシュージンは絶交に近い状態になるのでは、と思っていたのだが。

まったく、原作者の頭脳はどうなっているのだろう。そして、なぜ自分のマンガに原作の能力をいかせなかったのか……(完全にガモウひろしと決めつけた発言)。

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