『バクマン。』 41 ページ 「テコと我慢」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 29 号)

時代や状況に合わせて生きる道筋を変えることには、勇気が必要だ。しかし、ときには、道を変えないことのほうが、もっと勇ましい。

『美味しんぼ』のファンとしては、せんべいの「三谷屋」の話を思い出す。あれはいい話だった。そうか、テレビ局に知り合いがいれば、こんな公私混同ができるのか……(話の主旨が違う)。

老舗の身上 - あらすじ - 美味しんぼ塾ストーリーブログ

『バクマン。』のタイトルに込められた「バクチ」という要素は、いままでに二転三転した。今回も変わったのだ。この先もまた変わるかもしれない。

しかし、今回で描かれたようなことがバクチになる、という展開は想像できなかった。

上を狙うべき

マンガは博打だとシュージンは言う。久しぶりに聞いた言葉だが、ずっと心の中にあったに違いない。

シュージンの意見は、サイコーと同じ──そして元をたどれば川口たろう先生と同じように聞こえる。服部も似たようなことを言っていた。

バクチを打つことは「男の生き方」だ──そう主張しているように聞こえた(本作品は、スタイリッシュな外見をはがせば、男のロマンを描いた汗臭いマンガである)。

当然のように、シュージンの意見にサイコーも賛同すると思われたが──。

シュージンの作る話は 面白い

人気を取りに行くというシュージンの考えは、もっともらしく聞こえる。しかし、サイコーは港浦を支持する。なぜか?

バクチとヤケクソは違う──とサイコーは言うのだ。なるほど、その見方には至らなかった……!

そう、博打打ちこそ冷静になるものだ。

大昔の賭博場は「鉄火場」と言われていた。何という皮肉だ! この世でもっとも「熱く」なっては ならない場所だというのに……。勝負事は、熱くなった者から負けていく。

スタイルを守り続ける事

サイコーは『TRAP』の進む道をようやく見いだした。

「ジャンプ」に本格推理マンガがある──それを読者に伝えるために、いまの作品スタイルを続けるのだ。

この場面は格好良すぎて、涙が出そうになった(──とウェブ上で書いてあっても実際には違うことが多いが、本当に泣きかけた。今年 35)。

港浦が言うシュージンの話はよくできてるという言葉は、中学生時代から言われ続けてきた。その言葉のウラには、「絵は劣る」という意味あいが見え隠れする。サイコーは、くやしい思いをしているだろう。ときどき『TRAP』のページが描かれるけど、「小畑健シンクロ率 85%」という感じで、十分ウマいけどなぁ……。

すこし話はズレるが、ハイビジョンテレビの CM が放送された時に、映像を見て「さすがハイビジョンだな、ウチのテレビより映りがいい」と言ったオヤジがいたそうだ。作り話っぽいけど、面白いし気持ちは分かる。自分もそんな感想を持つ宣伝があった。──その宣伝を映しているのは、自分の家のテレビなのに……。

ということで、今後のサイコーがメキメキと画力をつけて、「小畑越え」することがあったりして。

今の線で

サイコーはエイジに礼を言う。連載が決まった福田・中井に対する祝いの電話は時期を見計らっていたのに、今回は早い。迷いが晴れたからだ。また、電話をかけることを自分自身に言い聞かせる意味もあるのだろう。

シュージンもスッキリした顔をしている。いつもの 2 人に戻ったようだ。

これまでにも何回か書いてきたし、これからも続くだろうが、「2 人の人気マンガ家への道は、ようやく始まった」。

サイコーが何を迷っていたのかエイジには分からない、というセリフは興味深い。

実際、読者が面白いと思っているマンガも、舞台裏では作者が迷い続けている──ということもありそうだ。まぁ、文字通り「迷走している」作品は、すぐに分かるものだが……。

わかってねーな

亜城木夢叶が今のスタイルで行くという決心を聞いて、エイジは笑い、福田はふくれる。この対比は面白い。

ちょっとこの時のエイジの笑い方が気になった。何か、含みがあるような……。

そう思って、絶賛発売中の『バクマン。 3』を見てみた(あ、まるで宣伝みたいに なっちゃった!)。すると、p.165 でもヘンな笑い方をしている。エイジにとって、祝福の笑みが この顔なのだろう。

──それ以前に、変顔じゃないエイジを見つけるほうが大変だが。

「平丸語を解読する吉田」に軽く笑ったあと、港浦を見守る服部に和む。このマンガの主人公は服部でいいのではないか、とも思う。

服部が心配するように、『TRAP』の順位が低いことは事実だ。──本当に、このままで大丈夫なのか?

[2] このページの一番上へ戻る