• 更新:
  • 投稿:
  • カテゴリィ:

『バクマン。』 54 ページ 「ギャグとシリアス」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 43 号)

Even a smile is an act of charity (by Swamibu) (by Swamibu)

積極的に新境地を切り開くか、地道に自分らしさを磨くか──。サイコーとシュージンは、難しい選択を迫られています。

もちろん、読者よりもずっと先を見通せる作者からすれば、答えは分かっているはず。しかし、この時点では、どちらを選んでも正解に見える。そのさじ加減が、絶妙なのです。

地味な場面が続くのに、飽きない。それどころか、読んでいて心が熱くなる。──ああ、本当に自分はマンガが好きなのだな、と感じさせられる話でした。

それは ないんじゃ?

シリアスな作風が売りの亜城木夢叶に、ギャグマンガを描かせようとは、港浦も大胆なことを言いますね。亜城木夢叶の 2 人(と読者)がビックリしているのに、当の港浦は「ポカン顔」です。

ここが港浦らしいところで、何も考えていないように見えて、じつは、根拠のあること以外は言わない。今回も、アンケート順位のデータに基づいた話をしているのです。

見かけと違って、港浦は「マニュアル人間」なのかもしれませんね。それが吉と出るか凶と出るか、今後が不安です……。

笑い ですか

このページでも、サイコーは一人だけ考えが違う。誘導尋問にも似た港浦の分析に、シュージンは すっかり感化されています。

笑いのあるマンガ・ないマンガによる勝負の分かれ目を、「福田組」と平丸の連載が始まる段階で、すでに作者は考えていたのでしょうか? だとしたら、スゴい。

そうやって逆算をしていくと、お笑いが好きな港浦という設定も、計算のウチだったのでは、と気付きます。いったい、どこまで先を考えて話を作っているのですね。まさか、「毎回、行き当たりばったり」じゃないだろうし……(どうかな?)。

ガチで挑んでも 勝てない

ジャンプと言えばバトルマンガ、という風潮は続いていきそうです。そろそろ、別の新しいマンガを読みたいものですが、なかなか出てきません。これは、読者の方が保守的だから、ということが原因かもしれませんね。たとえば、『カラフジカル』みたいなゲージツ的マンガがジャンプで始まっても、たぶん、ウケない。

せっかく、そこに「ジャンプには本格的な推理物がある」という新しい流れができそうだったのに、残念ですね。

──そう、だからこそ、ほかの生き残っているマンガをマネして笑いを取る、しかもシュージンの持ち味を生かせないマンガを描く、という道をサイコーは選びたくないわけです。

ただ、ちょっと思ったのが、「──と見せかけて、亜城木夢叶はギャグヒーロー物を描く」というアクロバットをやって来そうだよなぁ、この作者なら……。ようするに、『ラッキーマン 2』。

駄目? なんで?

打合せからの帰りに、サイコーの第一声が港浦さん 駄目だなという……。そんなにも、イヤだったのか。サイコーの気持ちがシュージンには伝わっていないため、何だかチグハグな二人です。

やっぱり、今の 2 人を見ていると、ギャグマンガを描くこと──つまりは新しいことを始めることに意欲的な、シュージンの方が良いように見えてしまう。

もう、この作者の「揺さぶり」が絶妙ですね。劇中の 2 人だけではなく、 読者までグラグラくる。いったい、どっちが正解なんだ……?

難しい 問題だが ……

服部が言い残した言葉は、かなり気になります。普通に考えれば、港浦と意見を戦わせることを提案している、と取れる。そして──かつて 2 人と意見を戦わせたことを振り返っている、懐かしんでいる、とも聞こえました。

この先、服部が亜城木夢叶の担当になることは、もうないのでしょうか……。

[2] このページの一番上へ戻る