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『バクマン。』 55 ページ 「3 カットと 3 作」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 44 号)

Leaving something behind (by Sapo Essay) (by Sapo Essay)

今回は、「港浦が語れば語るほど、印象が悪くなっていく」という話でした。

人の印象というモノは、コロコロと変わっていくものです。いつも同じ印象の人とは、突き詰めていくと、「どうでもいい人」に他ならなかったりして……。

たいていの人は、自分が他人からどう見られているのか、気になるものです。しかし、なかなか世間の評判と自己評価は一致しません。

港浦自身は、自分の事を「一所懸命に がんばっている編集者」と思っているに違いない。亜城木夢叶も、そこは評価していますが、今の 2 人に必要な物は「編集者の努力」ではないのですね。その意識のズレが、今回のやり取りになったのです。

悪いな こんな時間に

サイコーとシュージンの主張に、港浦は聞く耳を持たず、という感じですね。彼の場合は、「根拠のある自信」を持っているところが、逆にイヤな感じ。

自分は、

「なぜ絶対と言い切れるのですか?」「絶対だからです」「…… !?」

という、「根拠のない自信」や「作者や作品に対する(イヤラシイまでの)愛」があふれている、山久のほうが好きです。だって、自信なんてモノは、根拠がなくて当然で、むしろ根拠があったら不純だと思う。

港浦の場合は、自分で立ち上げた連載がない新人だから、過去のデータにしがみついている。経験がないからなのですが、その傾向が強すぎるんですよね。押しつけがましく感じてしまう。おそらく、あと数年も編集者を続けていれば「──そんな時期もあったなぁ」と笑って済ませるのでしょうが、亜城木夢叶にとっては負担でしかない。

僕の言う通りに

大ヒットの例に挙げているマンガが面白いです。ギャグの絵は『Dr.スタンプ アラレさん』という感じ。スポーツの『ルーキーくん』と学園の『べしゃり暗し』は、妙に上手な絵なのが笑えます。──ひょっとして、ここは本人がゲストとして描いたとか?

亜城木夢叶も港浦も、自分の意見を変えません。港浦がいくら正論を言ったところで、それで自分の主張を曲げるようでは、大成しないでしょう。世の中には器用な人もいますが、この 2 人は空気を読んで周りに合わせるタイプではない。

服部が言うとおり、ここは口論になってもいい場面です。簡単に折れずに、じっくりと向き合った方がいい。どちらも、心にわだかまりを残さずに、決着を付けるべきですね。

大丈夫なのか……

港浦にセンスを誉められれば港浦に、サイコーに指摘されればサイコーに、とシュージンは両側へ傾いていました。それが、ここに来て、急に妥協案を思いつきましたね。このままではラチが明かない、という空気を読んだのでしょう。さすが、キング・オブ・エア・リーディストです(←?)。

このページを読んでいるときには、「何をムチャなことを……」を思いました。シリアスな話ですら、何も考えつかないのに……。

聞いた事がない

シュージンの出した妥協案は、またまた港浦の「前代未聞を許さない姿勢」で却下されました。

その場面のサイコー、もどかしい立場にあります。なにしろ、描く話が決まらないと「話が始まらない」ため、シュージンが中心になるしかない。「高木ならやれる!」と強く信じる気持ちがあっても、あまりサイコーが前に出ると、妙な感じになります。──うーん、ジリジリするな……。

それにしても、港浦のそんなみっともないこと できるわけないだろ!! という発言には、つくづく失望させられました。みっともないマネをしてでも、面白い原稿を描かせる事が編集者の仕事ではないのか?

言動だけを見ると、出世のために働いているフシがある雄二郎と、港浦は近い感じがします。しかし、雄二郎には、意見が違えば上の者にも立ち向かう度胸と、マンガへの愛がある。港浦には、どちらも欠けている気がします。

ロビーでやれよ

気持ちが落ち着かないのは、服部も同じようですね。サイコーは助けてもくれないなどと思っていますが、この状況で服部は何も言えないでしょう。横から出てきて「亜城木君の意思を尊重するべきだ」なんてのもヘンだし……。

最後の最後まで、お互いの主張をぶつけ合って、打合せは終わりました。

これは──アレですね。「矛盾」という話の画期的な解決方法を思い出しました。下のスレ(とまとめたページ)の、>>109 をご覧ください。見事に矛盾が解決されている──!

ワラノート 今度こそ矛盾の話に決着つけようじゃないか

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