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『SKET DANCE(スケット・ダンス)』 第 10 巻 「Happy Birthday」

video tape hub (by Leo Reynolds) (by Leo Reynolds)

『SKET DANCE』も、とうとうコミックス 10 巻まで続く連載となりました。

表紙とオビからしてネタバレなので書きますが、10 巻は丸ごとボッスンの過去編です。正直、感想が書きにくい! 笑える話ではないし、単純に「感動した!」という内容の薄さでもない。

──そう思って書き始めたら、止まりませんでした。てへっ☆(いつものこと) ということで、大ボリュームとなった、感想の前編をどうぞ──(3,600 文字くらいあります)。

第 81 話 「男の穏やかな休日」

何だ 茜と波瑠か

──え、誰 !? と序盤から違和感ありまくりの回です。さすがに途中から「普通の回ではない」と気がつきましたが、妄想オチかと思っていました。恋愛シミュレーションゲームにハマったボッスンの夢、とか。

だって、ほら、幼なじみの女の子なんて、実在するわけないじゃないですかぁ(真顔で)。

そういえば、ボッスンたちにも「作中では描かれていない日常風景」があるわけです。どのキャラクタだって、そう。意外な所で人間関係がつながっていたり、まだ見ぬ「フラグ」がゴロゴロ転がっていたり、まったく逆でフラグをへし折っていたり、するかもしれませんせん。

ロマンは、普段、何をしているのでしょうか──? 前から思っているけど、スケット団から離れた場所では、意外とふつうの学生生活を送っていそうな気がする。

周りとのつながりとか けっこう希薄だから、こうして 楽しく生きてる 姿を残しておきたい──。同じ事を思った人も多いのでは? いや、親兄弟や友だち・恋人との関係が濃厚でも、自分の生きたキセキ(奇跡・軌跡)を残したいのが、人間の常です。

しかし、自分の生きた姿を誇示したい、といった感覚は、自分にはありません。死んだらジャマだから焼くだけ焼いて、灰はそのへんにバラまいておいてほしい。パソコンの中には「ちょうヤバイデータ」が残っているけど、まぁ、死んだあとのことは、知りません。

では、「このブログは何のために書いているのか」とツッコミを入れられると、すこしだけ困ります。自分の書いたものは(おもに Google を経由して)みなさんの元へ届き、そのうちの何人かは「asiamoth という人が書いた」と認識される。結果的に、自分(asiamoth)の存在を広めていることになる。

この問題は、自分の中ではアッサリと棚上げできてしまいます。悩むことではない。なぜなら──たとえば、「週刊少年ジャンプを毎週買う」という行為は、結果的に「集英社の株価を支える」ことになりますが、「そんな事」のためにジャンプを買っている人はいないでしょう。たとえ株主であっても。

ただ、ビデオカメラを買ってまで自分の姿を残したい、という気持ちは理解できます。そういうこともあるだろうな、という感じでは。それに、自分ではなく、知人・友人の楽しそうな姿を撮ってあげたい、という思いは強いです。オレに任せろ! と。

それはさておき──。叙述トリックというか誤認ネタが得意な作者にしては、ちょっと甘い話でした。作者自身も、「セルフライナーノーツ」で、オマケの味付けで描いたようなことを語っていますね。スイッチの過去話で度肝を抜かれたので、それと比べると、物足りない感じ。

第 82 話 「Happy Birthday - 1」

ボッスンが「母と父」についてモノローグで語る。これが、強烈に不思議な感じがしました。いままで他人のことばかりに目を向けていた彼が、急に身内のことを語り出すのです。いくらスイッチやヒメコとは親しい以上の関係とはいえ、肉親ではないですからね。──そう、「肉親」「血族」では、ない……。

ボッスンの母親と妹が登場して、驚きました。親はともかく、妹がいたのかよ! しかも、超カワイイ。ボッスン自身は、自分のことを十分幸せな 部類に入るだろうなどと語っています。いやいやいやいや、三国一のリア充だよ、アンタ !!

だってぇ、ほらぁ、カワイイ妹なんてぇ、現存するわけねェじゃねェですかぁ(怒りのこもった顔で)。

「えっちなびでお」らしきものを一緒に見ようと母親が言い出したり、若いころの母親の写真や映像を見たり、妹にドレイ扱いされたり──胸の奥の奥ーのほうからキュンキュンしてきそうな場面が、次から次へと出てきます。よく、こんな環境でマトモに過ごせるなぁ……。

だからこそ、ボッスンは僧侶のような性格になったのでしょうね。

第 83 話 「Happy Birthday - 2」

ボッスンの推理力が、母親のヒミツを暴くことになろうとは……。

リョウスケは天涯孤独という感覚を分からないと言っていますが、こだわっています。おそらく、ハッキリと孤独感を味わっているのでしょう。アカネに聞いているのは、同じ気持ちを理解して欲しかったのでは。

孤独を強く感じているのは、アカネのほうではないか、と見えました。リョウスケにはハルがいる。ひょっとしたら──リョウスケはアカネの中に寂しさを感じ取って、なんとなく孤独について質問したのでは、と思いました。

事故の話は(悪い方向へ)出来すぎのような気もしますが、作品の中では事実なんですよね。残された者、事実を知った者は、やり切れない気持ちになります。自分が当事者だったら、ボッスンのように家を飛び出すだろうか……。

何より気になるのは、瑠海の反応が薄いことです。まるで初めから知っていたかのよう。しかし、アルバムでリョウスケを見たときには、驚いているのです。うーん、この妹には、まだ何か読者の知らない過去がありそうだな……。

第 84 話 「Happy Birthday - 3」

ボッスンと読者に明かされた事実から、ボッスンとアカネ・ルミとの間に血のつながりがないことが、確定しました。しかし、ルミはアカネの子どもなのでしょうか? どこにも明確には書かれていません。アカネの性格と事情からして、事故の一年後(二年後?)にルミを産んだとは、思えないのです。

やっぱり、ルミにも何か事情がありそうですよね。しかし──これ以上の突っ込んだ話は、この家庭では不要な気もします。

不良にからまれて殴られているところを、通りすがりの(イケメンな)人に救われる──。「絵に描いたような」状況ですよね。じつは、自分も中学生のころに、同じ状況になりました。あの時は、本当に助かったよなぁ……。あのお兄さんは、いま、どうしているのだろう。

人を助ける・親切にする、そういった善意は、伝わるものです。そう信じたい。

リョウスケからタイスケに渡った人助けのバトンは、いま、ボッスンのところに届きました。現時点では、ボッスンが受け入れられるかどうかは、分からない。軽々しく受けられる思いでは、ないですよね……。

第 85 話 「Happy Birthday - 4」

いまは亡き父親からの手紙を受け取って、ボッスンから出たのは、イラだちの言葉でした。けっして本心から言っているのではない、というところが彼らしいですね。

自分の為だけに 生きてやると言いながらも、もう、半分以上は父親からの意志を引き継ごうとしているようにも見えます。そうでなければ、マツゲ野郎のことを、そんなにも気にかけないはず。自分の中で、父親の意志を素直に受け入れるかどうか、必死に戦っているようです。

そして、ようやくボッスンは、父親からめんどくせえモノを、受け継ぎました。

困った人を見かけたら、通り過ぎずに、助ける。その勇気は、すぐにマツゲくんにも伝わっていきます。──さて、このマツゲの人は、誰なんでしょうね?(わざとらしすぎる)

第 86 話 「Happy Birthday - 5」

帰ってきたボッスンとアカネ──母親との会話が良いです。「ごめんなさい」よりも、あたたかい。

アカネは、いままで、少なからずツラい思いをしたことでしょう。それが、母ちゃんは 母ちゃんだと明るく笑う息子を見て、報われたはずです。

父親と同じく、ボッスンは自分のことをオレは本当に ラッキーだと言う。それは、ボッスンの周りにいる人間も、同じ事を感じているでしょうね。

生徒会長がそれとなく暴こうとしていましたが、なぜボッスンが人助けをしようと考えたのか、疑問でした。部活動という、いわば趣味の範囲ではなく、何かの罪滅ぼしでやっているような……。

ボッスンがスケット団(お助け部)を作ったきっかけが、これで分かりました。けっして義務感からではなく、いい事 思いついたくらいの気持ちで始めたのが良いですね。

いつかきっと、ボッスンの子どもが、人助けの意志を受け継ぐことになるでしょう。さて、母親は……?

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