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『バクマン。』 83 ページ 「スパイと次回」 (週刊少年ジャンプ 2010 年 21・22 合併号)

Sendai taxis (by MatthewRad)(タクシー運転手「さて、どうやって車を出そうかな……」)

細かいことですが、今回のサイコーが言ったセリフには疑問を持ちました。

岩瀬のほうがマンガ家として人気があるから、短期打切り作家の亜城木夢叶には笑えない、とサイコーは言う。これは極端な話、「人気のマンガ作家は何をしてもいい」となる。──いや、極論中の極論ですけどね。

でも、作家の人間性と、作品の人気・質とは、別にして考えるべきだと思う。

これは、芸能人についても同じことが言えます。結婚したとか離婚するとかいう私的な話と、公的な場で「別に……」と不機嫌な発言をすることとを、同列に考えるのはオカシイ(誰の話?)。そもそも、他人の私生活をとやかく言う精神が良くない。

マスコミのことを「マスゴミ」などと呼び、有名人のプライベートを暴くサマを批判する前に、「誰が『マスゴミ』を求めているのか」を、自分の頭で考えてもいいと思う。

──って、となりの山田さんがゆってたよ(どこまでもチキン)。

とにかく 静かに話さないと

岩瀬がとつぜん「ひとりファッションショウ」をやり始めて、ビックリしました(毎日のように驚いている)。目の前で見せられた、服部ほどではないケド。

高飛車であるとか自意識過剰であるとか──よりも、じつは「素直であること」が岩瀬の持ち味です。自分で決めた道を──全速力で突っ走る! 恋する乙女の暴走っぷりがカワイらしい。

綺麗ですか?

岩瀬の素直さとは、「自分の気持ちに素直」という部分が大きいです。そのため、服部に従順な一面を見せながらも、自分の美しさは認めさせたい。なんだかバランスがめちゃくちゃです。

真剣に接している岩瀬と服部ですが、第三者から見ると面白い。──これが、「シリアスな笑い」ということですね。

サイコーとシュージンは、そんな打合せそっちのけの 2 人を見て笑っていますが──、変装して尾行している姿はコッケイです。この点も、もしかすると次回作のヒントになるのかも。

趣味 とか……

岩瀬の直球勝負がスサマジイ。こんなにガンガン来られたら、服部もタイヘンそうですね。──将来の「カカア天下」カップルが、また一組……。

ちょっと思ったのが、相手に逃げ場を与えないような岩瀬の口調は、シュージンのせいでは?

中学生時代、シュージンと「握手をしたから──付き合っている」と岩瀬は思っていました。シュージンからすれば、寝耳に大洪水なワケです。それを知った岩瀬は──ものすごくショックを受けたのかもしれません。彼女にとっては初恋だっただろうし、振られる以前に付き合っていなかったのですから……。

それ以来、ひとを好きになったら、絶対に間違いのないように自分の気持ちを伝えよう──、そう岩瀬は心に誓ったのだと思います。

しかし、服部からすると、岩瀬の思いが重い。なんとかゴマカスしかないのですが──、純情でまっすぐな岩瀬からすると、そんな服部の態度はたしかにヒドいですよね。

──と、2 人の気持ちを勝手に、でもマジメに考えてみました。

そう、このファミレスのシーンは、本来であれば笑えるような話ではないのです。たとえば、ここにサイコーとシュージンがいなくて、服部の主観で描かれていたら、読者も笑いの場面とは思わなかったはず。

そう考えると、さりげなくさりげなく、「シリアスな場面で笑わせる」というスパイスが話に混ぜてあるのです。

何やってんだ 岩瀬…

怒って帰ったわりには、岩瀬は打合せに 1 時間もかけたのですね。プライドの高い岩瀬のことだから、私的な感情と仕事とは分けていたのでしょう。

今回のシュージンは、やたらと岩瀬に未練タラタラな発言が多いです。どこまでが本気なのか、すこし気になる。もしもシュージンが『DEATH NOTE』の夜神月のようなプレイボーイ(とは最近は呼ばないか?)だったら、岩瀬ともカヤとも付き合っていたのだろうな……。

携帯出した

服部と港浦・服部と雄二郎は、よく一緒にいます。しかし、服部・港浦・雄二郎の 3 人が一堂に会することは、じつは珍しい。──それを知らないサイコーからすると、あの 3 人仲良いんだ、となる。まぁ、別に仲が悪いわけではないのですが。

どちらかと言うと、雄二郎のほうから積極的に服部と絡もうとしている──ように見えます。雄二郎は、「面白いヤツ」と話したい、という気持ちが強いのでしょう。服部のほうは、「面白いマンガを作るため」なら、誰とでも組もうとする。

なんとなく、ジャンプやマンガと関係する人としか、服部は交流がないのでは、と思いました。本人はそれで良いのだろうケド……。目の前に「春が来ている」のに、つかまえる気はなさそうだし。

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