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『バクマン。』 85 ページ 「完全犯罪と第一関門」 (週刊少年ジャンプ 2010 年 24 号)

FAN... or just be 'cool' (by egold .)
「舞」と言えば日の丸のついた扇子を思い出す)

「76 ページ」で雄二郎は、編集の仕事は 作家にいかに気持ちよく 描いてもらうかだ、と言っています。この言葉通りだとすると、「オダテの港浦」は、良い仕事をしているはずですよね。

でも、実際には、

とムチとムチとムチ──たまに飴」(※ガチムチではないので注意!)

という吉田や、けっこうキビシいことも言う服部・山久のほうが、実績を挙げている。

──このことが何をあらわしているのかというと、

「マンガ家は──マゾが多い」

ということ──ではなくて! 「マンガ家を褒めてばかりいても仕方がない」ということでしょうね。もっと、本質を突いたことをアドバイスする必要がある。

ようするに、港浦には編集者としての「軸」がない──ように見えるのが問題なんですね。彼にビシッとした芯が通るのは、これからでしょうか。

やばいなこれ

『完全犯罪クラブ』(仮)のネームを、港浦はじっくりと読んでいます。目の前で編集者が自分の原稿を読む気分は、どんな感じなのだろう……。どんな批評を受けるか心配で、自分だったらいつまでたっても慣れないと思う。

マンガ編集者は、異常なまでにマンガを早く読むそうです。サイコーとシュージンが初めて原稿を持ち込んだ時にも、服部は飛ばし読みのような速さでしたよね。──あれは、心臓に悪いだろうなぁ……。

でも今回は、港浦が一枚一枚ていねいに読んでいる。読んでいる表情を見ても、「ハマっている」ことが丸わかりです。亜城木の 2 人は、港浦が読み終わる前に、手応えを感じたでしょう。

シメも 完璧だ……

読後の港浦は、大絶賛しています。マンガ家として、担当の編集者にここまで言われたら、嬉しくて仕方がないでしょうね。

ただ──、港浦が絶賛したネームが連載会議で落とされる、という前例が何度もあるからなぁ……。逆に、港浦が褒めれば褒めるほど、連載までの距離が遠くなる──、という気がします。──それは、言い過ぎか……。

港浦の感想で的を射ていると思ったのは、今までの邪道と違って 嫌みがない、という部分です。この指摘は、意外と初めてなのでは?

そう、たとえるならば亜城木作品の邪道は、

笑いの要素がない『DEATH NOTE』

みたいな作品だったのでしょう。平凡な身なりをした探偵が、淡々と推理をして“キラ”を追い詰めていく(だけ)のマンガだと──息苦しくなりますよね。

ただ──、そうやって考えていくと──、

『タント』で身につけたギャグを織り込んだ『KTM』

といった作風も、いまの亜城木夢叶であれば描けたのではないでしょうか。そういうマンガも、ぜひ読んでみたい!

下手に いじらない方が いいかもな

『完全』のヒロインは、安之城舞(あんのじょう まい)と名付けられました。

もちろん、亜城木夢叶は、『完全』のアニメ化を狙っていることでしょう。そうなると、亜豆美保(あずき みほ)が声優を担当するところまで考えていそうです。そのワリには、亜豆と舞の名前が似ていないな──と思ったら、なるほど、イニシャルが A・M で同じなのか。

おそらく、舞の決めゼリフは、

「案の定、○○だったのね!」

のような感じになると思います。それをサイコーがシリアスなタッチで描く──。おお、面白そう!

ところで、舞のスペック──計算力がズバ抜けていて おまけに推理小説好きというと、森博嗣先生の小説に出てくる西之園萌絵を思い出します。

きっと、森先生の小説の中に安之城舞が出てきたら、こんなやり取りが出てくるでしょう。

西之園:
「アンノジョウ・マイ……さんね。ふーん、惜しいわね」
安之城:
「え? なんのこと?」
西之園:
「ローマ字だと、J だけが非対称だわ」

(『今夜はパラシュート博物館へ THE LAST DIVE TO PARACHUTE』収録・「ぶるぶる人形にうってつけの夜」ネタ)

サプライズを 起こします

シュージンは、亜豆の誕生に仕掛けた「うれしい完全犯罪」も、しっかりとマンガに盛り込んでいます。

あの誕生日に起こったデキゴトは、「人を喜ばせる『完全犯罪』もある」ということを実践していたワケですね。あのエピソードがなくて今回のネームだけを見せられたら、「でも、人に迷惑を掛けるだけでは?」と読者は思ったことでしょう。

1 話目のネームを読んで安心した港浦は、2 話目・3 話目のネームは亜城木夢叶に任せて帰っていきました。サイコーも、第一関門突破! と喜んでいます。

──何ということのない場面ですが、どうも──、

「港浦は何もしないほうが良い」

という印象を読者に与えている、という気がする。いや、気がするだけではなく、印象でもなく──、事実なのかも……。

そういえば、『バクマン。』に出てくる編集者の中でも、「放任主義」の雄二郎が結果を出しています。また、吉田も「マンガの内容」には口を出していません。おもに、平丸を管理している。

もちろん、作中で細かく描いていないだけで、実際には雄二郎も吉田も、作品の内容に対して忠告や助言をしていることでしょう。しかし、そうすると、『バクマン。』の作中では、雄二郎と吉田のアドバイスしている場面は、バッサリとカットしていることになる。

つまりは──、

「あまり編集者の言うことを聞くと、マンガ家はろくな作品が描けない」

ということを暗に言いたいのでは、と思ってしまいました。そう思わされるくらい、編集者の言うとおりに描いて成功している場面が少ないのです。服部のアドバイスくらいですね。

服部くらい切れ者の策略家でもない限り、編集者の助言は、言葉半分に聞いておいたほうが良いのかもしれません。──今週号で終わった『ヘタッピマンガ研究所R』でも、同じような事を言っています。

直すところ ないな

そんなこんなで──、『完全』のネームは、直しも 特になし

港浦がしたことも特になし

でした。──本当に、これで良いのか?

ただ、港浦が言うとおり、何度も直すような ネームは駄目なのでしょうね。このあたりはさすが、マニュアル人間の港浦です(褒めてない)。

完成したネームは締め切りギリギリに見せる──つまりは致命的な問題が見つかっても直せないことと、なんだか順調すぎることが、ちょっとコワイのですが……。

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