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『λに歯がない』 森博嗣・著

tooth officer mouth pocket (by mmmcrafts)
(λになくても、歯に──歯がある)

人間のコンテンツって、何ですか?

λに歯がない』 p.109

ギリシャ文字がつきまとう一連の事件を描いた、G シリーズの 5 作目になります。浮遊工作室 (近況報告) によると G シリーズは全 12 作のため、折り返し地点まで、あとすこし。

この『λ』あたりから、ひとつひとつの事件を追うことよりも、その周辺を描くことが多くなってきます。ギリシャ文字の事件たちは、いったい何を目指そうとしているのか……。その背後にいるのは?

本作では、人間の生死について議論する、といった場面が出てきます。過去のシリーズ作品を読んだ人には、感慨深いモノがありますね。そうか、あのコがこんな話をできるようになったのか──、と。

そう、G シリーズとほかのシリーズとをつなぐ結びつきも、じょじょに強くなってきました。過去のシリーズで解決済みと思っていたデキゴトが、考え直す必要が出てきたり──。

もちろん、ミステリィとしても楽しめます。今回は密室での殺人であり、連続殺人事件でもある。トリックの解き方もクールです。

なにしろ、謎を解くのはあの人だから──。

すでに上の文庫版が出ていますが、自分はノベルス版で読みました。だって、出るのが遅いんだもん!

死ぬのは完成?

「どうして、人間って死ぬんでしょうね?」

「二つの疑問です。一つは、どうして、いつかは死んでしまうようにできているのか? もう一つは、それが自然の摂理だとして、それに逆らうことは、どんな意味があるのか?」

λに歯がない』 p.102

(自分が持っている講談社ノベルス版・第一刷では、当てはめようするのはと書いてありました。λにがない。それはさておき──)

高級なレストランで、犀川と萌絵が話し合います。そして萌絵が、大好きな人と一緒に食事をすることを、素直に言葉に出して喜んでいる。この場面が、『λ』で一番ほほえましい。

そんな何物にも代えがたい、素晴らしいひとときの話題が──、上記の、死に関する疑問です。このあたりが、犀川と萌絵らしいですね。

犀川助教授が、真賀田四季博士の思考・思想をトレースしようとする場面には、ゾッとしました。〈歯の根が合わない〉──と言うほどではなかったけれど。

もしかしたら G シリーズとは──、

四季が人間の生死を超える、

生命のプログラムを書き換える、

──その過程を描いた作品なのかもしれません。

赤柳初朗の正体は?

「久しぶりですね」

「えっと、今は、赤柳さんって言うんですか?」

λに歯がない』 p.141

だんだんと、赤柳初朗という人物を掘り下げる描写が増えています。どうやら、過去のシリーズに出てきた人物なのではないか──、と臭わせる記述が多い。はたして、その正体は?

保呂草のことを、そこまで親しくもなかったし、それに、そんなに重要な人物だなんて、知りませんでした(『λ』 p.146)、と赤柳は言います。それに、保呂草をそいつ呼ばわりしている。

これを読むと、阿漕荘のメンバではないな──と思いますよね。とくに、香具山紫子だったら、絶対にこんなことは言わない。小鳥遊練無や森川素直だって、同じでしょう。

でも──、

それこそが、森マジックみたいじゃないですか!

つまり、赤柳が保呂草の印象を話した相手をだますために、こんな言い方をしたのではないか、と推測できるわけです。

一番だましたいのは、読者でしょう。

ただ、保呂草の裏稼業(本業)のことを知っている点が、ちょっと阿漕荘メンバのイメージと違う気もします。

それに──、『ηなのに夢のよう』を読めば分かるとおり、阿漕荘──というか桜鳴六画邸の周辺にいる人物は、ほぼ全滅する。『η』での一件がなければ──、たとえば、林が赤柳だったら面白かった。昨日の敵は今日の友、という感じで。

本当に保呂草と親しくない関係なのであれば、『θは遊んでくれたよ』 p.244・以前、船でご一緒した、という赤柳の言葉が気になります。V シリーズで〈船〉といえば、『恋恋蓮歩の演習』か『夢・出逢い・魔性』ですよね。

個人的には、『演習』で出てきた大笛梨枝が赤柳だったら、ものすごくうれしい。彼女は、あの一作で消えるには惜しい個性です。

とことんマイナ志向な森博嗣先生のことだから、

「赤柳は G シリーズで初登場のキャラクタ」

そんなオチが一番、意外であることを知っている。

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