ベンジャミン・バトン – 老いていて求めれば若くして豊かな人生

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『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』 (The Curious Case of Benjamin Button)

The work of my hands
(似ているようで異なる──かけがえのないボタン)

笑って泣いて楽しめる、大傑作です!

あらすじだけを聞くと、いかにも「お涙ちょうだい」の悲劇のように思える。そして、ラストにはシンミリとして終わります。

しかし、これは「世の中には、かわいそうな人がいるね」という映画ではありません。もしも映画の途中でそう思った人がいたら、ちょっと反省したほうが良いかもしれませんね……。

この映画は、人生を楽しんだ男女の話です。

あらすじは──、ベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)は老人のような姿で生まれ、成長とともに外見は若返っていく。彼は生まれてすぐに父親に老人施設へ捨てられ、クイニー(タラジ・P・ヘンソン)という黒人の女性に育てられる──。

もう、全力で悲劇的に描いて来そうでしょ?

ところが、ベンジャミンの姿──普通の赤ん坊と同じ大きさなのにシワだらけの全身と顔を見た、老人施設で介護を受けている老女は、驚くでもなくこう言います。

ウソみたい。──死んだ主人にそっくりだわ!

この場面は、声を出して笑いましたね。強えェー! おばあちゃん、強いなー!! そう、舞台は老人たちが静かに最期を求める場所です。酸いも甘いもかみ砕いて飲み込んだ人たちばかりいる。いまさら、恐れるモノなどないッ!

たぶん、世間的な評価は、悲劇的になっていく後半部分に集中していると思います。でも、自分にはすくすくと成長していくベンジャミンを描いた、喜劇的な前半が最高に面白い。167 分間もある映画ですが、もっと長く観たかった。

ベンジャミンが生まれてから十数年が過ぎて、「やや若返った老人」の姿で出会った、ある少女・デイジー(ケイト・ブランシェット)が登場してからは、一段と話が深まっていきます。

恋をしたくなる映画でしたね。

ここからは、より詳しく映画の感想と、最後に自分が立てた「ある仮説」を紹介します。自分はもう、「普通に面白かったかどうかを 5 段階で評価する」みたいな感想ではなく、「オレオレ解釈」を楽しむ領域に来ている……。

人生は出会い

この映画は、やや放浪癖のあるベンジャミンが、その場所・その時に出会った人たちとの交流を楽しむ作品です。何気ない場面が、ジンワリと心に染みる。

まずは、母親となるクイニーに出会えたことが、ベンジャミンの最大の幸福でしょうね。彼女は強い! クイニーの「オカン力(りょく)」の強さは、何者からもベンジャミンを守り、まっすぐに育て上げました。

また、寒い国でベンジャミンが出会った、エリザベス・アボット(ティルダ・スウィントン)とのエピソードが良かった。

外見はともかくとして、中身は「お年ごろ」のベンジャミンは、エリザベスと「その場限りの恋愛」を味わうのです。じつはエリザベスは特殊な立場(夫は英国のスパイ)なのですが、ベンジャミンは普通の恋をする。

エリザベスの話が面白いのは、とくに何の含みもないことです。「エリザベスの夫と死闘を演じて──」といった展開は、ない。本当に、普通の恋愛を軽く描いているんですよ。

特別扱いしない

そう、ベンジャミンの一生は、体質以外は普通なのです。誕生からしばらくはやや特殊な環境にいましたが、旅先で出会った人たちはそれを知らない。だから誰もが普通に接してくる。

印象的だったのは、ピグミー族のオティです。彼もベンジャミンとは普通に会話をしている。そして、老人施設から初めてベンジャミンを連れ出しました。

この時のベンジャミンは、歩行には杖が必要な状態なんですね。それなのにオティは、かなりの早足で歩く。もたつくベンジャミンなんて気にしていない。そしてオティは目当ての女性に会ったら、さっさとベンジャミンを帰すのです。

「ひどい男だ」と思った人も多いのでは?

さて、この日のベンジャミンの日記には──、最高の一日だったと記されました。そう、普通に人間として扱われて、初めての体験ができたベンジャミンには、楽しい日だったのです。オティとも仲が良さそうでした。

こんな感じで、ハッキリと言ってしまえば、普通の人を普通に描いた話──というのは乱暴でしょうか。でも、セリフに切れ味があって、最高なんです! シャレたセリフを聴いているだけでも価値のある映画ですね。

デイジーとの恋

もちろん、ベンジャミンが一目惚れしたデイジーとの恋が、物語の主題となる──はずですが、なかなか 2 人が結び付きません。

それよりなにより、可憐に咲く野菊のような少女時代は良かったけれども──オトナになったデイジーは、かなりビッ■っぽい。ベンジャミンと同様に、自分も驚きました。

そのあとも、2 人はすれ違ってばかりです。

やっぱり、「理想の相手とは結ばれない」のかと思っていたので、ようやくベンジャミンとデイジーが一緒になった時には、自分も嬉しかった。

だから、2 人にはずっと一緒にいて欲しかったですね。結果論ですが、ベンジャミンがデイジーから「離れなければならない」理由は、何もありませんでした。デイジーなら、「子ども」を 2 人とも育てられたと思う。

「バトン」の意味

この映画を観る前に、簡単なあらすじとタイトルだけ知りました。なんとなくのイメージから、「悲しむべき出生と体質が、親から子へとバトンのように受け渡されていく」映画なのかと思いましたね。全然違う。

ベンジャミン・バトンとは主人公の名前で、「バトン」は「button」──つまりは「服のボタン」のことです。「ちょっとしたボタンの掛け違い」で生まれたのがベンジャミン──みたいな含みがありそうですが、とくにそうとは描かれなかった。

劇中にも出てくるいろんな色や形のボタンは、さまざまな人種の人間がいる──という例えかもしれませんね。

ある仮説

さて──、「謎のないところからもムリヤリに謎を掘り起こす」ミステリィ読みとしては、この素晴らしい映画を観ながら、いくつも疑問が頭に浮かびました。

いくら老人のような姿とはいえ、生まれた直後から数年のことを、よくベンジャミンは覚えていたものですよね。日記に書いたのは成長したあとだとしても、起こったできごとを日付も含めて正確に記憶していたのでしょうか。

また、ベンジャミンは超能力を披露しています。デイジーが事故に遭った場面では、そのきっかけとなる「見知らぬ人々」の行動を、何分も前から透視している。神の目を持っているのでしょうかね。

だいたい、ベンジャミンのような体質の人間ならば、科学者や医者から好奇の目を向けられそうです。実験台にされたり……。そういった描写もない。それに、ベンジャミンと出会った人たちは、だれも彼を不思議に思っていません。

そもそも、住民票や保険証などはどうしたのか?

父親のトーマス・バトン(ジェイソン・フレミング)とベンジャミンは和解できて良かったですが──、遺産の相続にはかなりの困難がともなったはずです。会社の人間からは、猛反対を受けたでしょう。でも、何だかアッサリとベンジャミンは財産を手に入れている。

さらに細かいことを言えば、ベンジャミンが日記をつけている場面は、一度も描かれていません(たしか)。普通だったら、回想の途中で何度も日記が出てきそうですよね。

これらを結びつけて出た、自分の仮説では──、

ベンジャミンは想像上の人物像なのでは?

──いや、いやいや、分かっていますよ。『ベンジャミン・バトン』はエリック・ロスが脚本を書き、デヴィッド・フィンチャーが監督して、ブラッド・ピットが演じて、山寺宏一さん(山ちゃん)が声を担当しています。

そういうことではなく──、ベンジャミンの変わった出生とその生涯とは、デイジーが想像したのではないでしょうか。デイジーは誰かと恋をして、娘──キャロライン(ジュリア・オーモンド)を産んだのでしょうが、夫は普通の人物で、別れてしまった。

ということは、日記や写真はデイジーが用意したことになるし、キャロラインが出会った「少年」は誰なのか──といった新たな疑問が出てきます。その前に、デイジーがそんな事をする理由は?

自分自身でも、この仮説はハタンがまる見えだと思っています。でも──、老人から赤ん坊へと若返っていく人間を想像するよりは、自然なのでは?(設定の根本的なことを言っちゃった!)

余計な余談

今回のタイトルは、ゲーテの言葉(若くして求めれば老いて豊かである)から借りました。

最高のマルチ・クリエイタであるゲーテからは、ほかにも引用したい名言がたくさんあります。自分の一生の終わりを初めと結びつけることのできる人は最も幸福である──、この映画にピッタリですね。

参考: ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言 – みんなの名言集