• 更新:
  • 投稿:
  • カテゴリィ:

『バクマン。』 118 ページ 「裏と表」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 09 号)

中入り後 土俵入り
この競技自体の──判定やいかに?)

今回は、ある人物の顔つきが変わってしまう──という場面が出てきました。あまりにも極端で、ちょっと非現実的な気もします。まるで、作者が二次元と三次元の 区別もつかねー人みたい。

ゴン:
お前 なんだか トランプとか 武器にして 戦いそうな 顔だよな(笑)
ヒソカ:
トランプを武器に する奴なんて 現実にいるわけ ねーだろ!

──ということで、今週号の『めだかボックス』は、『HUNTER×HUNTER』にケンカを売っているとしか思えません。売られたケンカは、「ジャンプ」誌上で買わなきゃ──、ね!>冨樫先生

(注意: この記事は『バクマン。』の感想です)

ずっと 考えてたん ですよね

やはり、七峰透は演技をしていた! 「できすぎくん」な彼には、何かがあるとは思っていましたが──、ここまで態度が急変するとは、予想できません。よく疲れないな……。

編集長に読んでもらえるとまでは思っていなかったことも、七峰のすごさです。計算して動く自信家なら、「すべてがうまくいく」という前提で計画を立ててしまう。

しかし、七峰はそこまで楽天家ではない。

この計算高さと慎重さは、七峰の大きな武器ですね。社交性も行動力もある。亜城木夢叶の強力なライバルになりそうです。

個人的には、七峰はライバルというよりも、「亜城木を苦しめる敵」になってほしい。意外と「おりこうさん」な 2 人に失望して、挑発的な態度を取ってくる──とか。

やっぱり 計算 だったんだ

「計算型」のシュージンだけが、七峰の本質を見抜いていた。──という展開ですが、同じ「策略家」の服部も、うすうす気がついていたのでは? 今回、「たまたま」この場所に服部がいないところが、あやしい!


『走れ! 大発タント』を連載して以来、亜城木夢叶にファンレターを出すことを七峰はやめてしまいました。エイジみたいに、七峰も『タント』を読まなくなったと思いきや、ちゃんと目を通していたようです。もしかすると、エイジもコッソリと読んでいたのかも。

ひとりの読者としてマンガを読んでいて、七峰くらいの考察ができるのでしょうかね? 自分は、『バクマン。』を長く読み続けているけれど、ここまで深くは見抜けません。

そもそも、「あの時は○○だったんですよね?」と作者に聞ける機会がないケド。

あの人は駄目だ

小杉にダメ出しをする七峰の言葉は、するどい「シンジツ」だとしても、容赦がなさすぎる。

「ここまで言われて、どんな気持ちだった?」と太一メソッドで現実世界の「編集者: 小杉」氏に聞きたいところです(太一って誰?)。

しかし、偉大なるサイコー先生は、とっくに七峰の先を行っていた──:

新妻さんに 「CROW」 は描けても 港浦さんには 描けない

バクマン。 (7)』 p.80

──当時の担当者である港浦に、こんな暴言を吐いていたのです! サイコーさん、パねぇッス!!

港浦も港浦で、サイコーにやり込められずに、そういうのは 屁理屈って 言うんだと返していたのは、ちょっと見直しました。

面白いことに、この時の「担当者(港浦)の無能さを攻撃」している時のサイコーと、編集者の肩を持つ今回のサイコーは、ほぼ同じ顔(歯を食いしばって・汗をかき・にらむ)をしている。

サイコーは七峰に注意しながらも、「うわー オレも 同じこと言ってたわ……」と思っていたりして。


たしかに、小杉はすこし抜けている。俺はついてるとしか考えていません。これはダメでしょう。

七峰の演技を見抜けなかったことが悪いのではなく、マンガ家が自分自身でマーケティングまでおこなっている現状を見過ごしていることが、小杉とほかの編集者の問題です。

編集部は、七峰という天才に巡り会えた幸運を喜ぶのはほどほどにして、もっと真剣に現状を考えたほうがいいと思う。

このままだと、マンガ家との打合せはマネージャを通す──となりかねません。たぶん、もうすでに実行している作家もいるでしょうね。


自分の作品のマネジメントまでする作家と言えば、小説家の森博嗣さんです。『MORI LOG ACADEMY』シリーズを読むと、いかに出版業界がイイカゲンなのかが分かる。

よーく考えなくても、お金は大事です。巨大なビジネスになり得る作家業では、信頼できる人か自分自身で、作品と収入を管理をしたほうが良いと思う。

そういった管理は、編集者の仕事ではないはずです。それなのに、彼らに丸投げしている作家がいるなんて、ちょっと信じられない。それこそ、カプコン稲船さん「どんな判断だ 金をドブに捨てる気か」──です。

ただし、森先生ですら、担当の編集者とは直接ご自身が会って話をされている。──自分が好きな作家の例を一つ挙げただけですが、この事例は、作家と編集者との関係がギスギスしないヒントがあるような気がします(気がするだけ?)。

だからネットに UP したんです

かつて福田は、こんなことを雄二郎に言っていました:

アンケート結果だけで 人気マンガや 打切りマンガが 決まるのも 気に入らない

編集部が 面白いマンガ 面白くないマンガ 自分達で 判断する 能力ないって 言ってるような もんじゃないですか

バクマン。 (3)』 p.152

編集部を批判しているのは今回の七峰と同じだけれど、その時の福田は──けっきょく「ジャンプ」らしいマンガを描いていたのです。あえなくアフロにつっこまれて、福田は黙るしかなかった。


50 人の判定人作戦」を考え出した七峰は、編集部への痛烈な批判をしながら、上に書いた福田の不満を解消しています。

今回の話を読んで、「これは素晴らしい考えだ」──とマネをしたがる作家もいるのでは?

しかし──、自分には、もう先の展開が見えました。

この作戦は、俗に言う性善説(※)を基にしている。

(※: 性善説の本来の意味ではなく、「人は生まれながらにして善なる存在なので、悪いことをしない」という意味で使いました)

つまりは──、「匿名の掲示板などに、判定人が作品を掲載する」という危険性を、七峰は考えていません。そうなる可能性は、かなり高いでしょう。

何しろ判定人は 50 人もいるし、知り合いに原稿のコピーを見せる人もいるはず。単純に考えて、七峰のネームを発表する前に見る人間は、100 人近くにはなるでしょう。

その中で、たったひとりでもウェブに原稿を上げてしまえば、あとはどうなるか──。簡単に想像ができます。

──と、鬼の首を取ったように書きました(今日は節分だし)。でも、大場さんのことだから、こんな拙文なんかを上回る話で感動させてくれるはず!

[2] このページの一番上へ戻る