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『バクマン。』 119 ページ 「過信と宣伝」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 10 号)

Ceiling Fan
(ファンには──巻き込まれないように)

福田のアシスタントをしている安岡は、ひょんなことからポルシェのオーナになりました。維持費が相当かかると思うので、いつかは安岡もポルシェを手放すのでしょう。

バクマン。 #114-2 「恋路と歩道橋」 無理心中と反対車線 : 亜細亜ノ蛾

ここで、たとえ話をしたいと思います。

たとえば、「そのポルシェを最初に購入した人物」の熱烈なファンがいたとする。どうしても現・オーナの安岡からポルシェを引き取りたい──。ということで、そのお金持ちなファンは、安岡から数億円でポルシェを買いました。

さて、リッチ・マンになった安岡くんは、福田のアシスタントを続けるでしょうか──?

御飯食べていって くださいね

殺伐とした仕事場に救世主が! ──という感じでカヤが登場です。彼女がいると、作品内の人物も読者も気持ちが晴れやかになる。さすが、『バクマン。』のメイン・ヒロインですね!

亜豆:
「………………(チラッ)」

ドアを(お尻と足で)開けるカヤは、普段通りの彼女の行動なのだけれど──、なんだか妙に「オトナな感じ」がします。下からのアングルで足が長く見えるからと、ヒップを強調しているから──かも。

下の綾波レイのフィギュアにも、ほんのすこしだけ似ている。カヤ自体は、どう見てもアスカですケド。


カヤの登場には、七峰も面食らったでしょうね!

七峰から見れば、カヤとは年齢の差があまりないように思うはず(「マンガ補正」がかかっているとは言え)。そんな初対面の女性から、あこがれている亜城木先生の妻だと言われても、「急にボールが来たので」状態になる。

毒消し役のカヤが登場しても、七峰は帰りたがり、シュージンも引き止めません。これは極端に言えば、マンガに対する考え方だけではなく、人格までお互いに否定し合ったことになりそうです。そうでなければ、ご飯くらいは食べていくでしょう。

ここで完全に、両者は敵対関係になったわけです。以前から自分が望んでいた「亜城木夢叶の敵」が、ここに誕生しました。

アマノジャクな自分は、この場くらいは(表面上)仲良くご飯を食べればいいのに──とも思う。

カヤひとりだけが「亜城木のファン」をもてなすことに喜びを感じつつ、サイコー・シュージンと七峰は──ギスギスとけん制し合ったりして。これは面白そう!(性格悪ッ)

誰にも 言うなよ

この驚いた顔のカヤは、明らかに絵柄が違います。とくに鼻の影が違う。どこかで見たような絵だな──と『働きマン』を読み直したけれど、別の作品だったみたいです。なんだろう?


カヤに対して口止めすることは、某リアクション芸人に「絶対に押すなよ!」と言うようなものです。──カヤの口から編集部にバレるのだろうな……。たぶん、服部を経由して。

ここで面白いのは、シュージンは七峰のようなやり方を考えついても、俺なら絶対 誰にも言わないと断言していること。この七峰以上の計算高さとズルさが、シュージンの武器です。そして、それをこの場では正直に話すところも良い。

七峰のやり方は「判定人」の 50 人からバレる──とカヤは予測しています。話したがり屋のカヤだけに、その気持ちが分かるのでしょう。

こうやって本編にはっきりと書いてあるということは、(頭がゆるふわな)自分でも思いつく「判定人たちがネットに七峰のネームをばらまく」ような結末──にはならないのかもしれません。何らかの防止策がほどこされているとか?


まず、現実的に考えれば、50 人もの判定人たちの口をふさぐこと──ふさぎ続けることは、不可能でしょう。誰かがバラすに決まっている。

ただし、焦点となるのは、七峰のやり方が周知された際、法律的・倫理的にどの程度の問題になるのか──。両方ともまっ白でクリアすることはあり得ないけれど、まっ黒とも言えない。


次に、理想の世界の話をしましょう。

今回の冒頭で、安岡のたとえ話を書きました。普通に考えれば、おそらく安月給だろうし、アシスタントのままでいるとは思えない。見た目からしてバンド・マンっぽい安岡は、音楽か何かの趣味に生きるでしょう。

でも、理想的なことを言えば、いままでどおりに安岡は福田のアシスタントでいて欲しい。福田が「ジャンプ」を変えるまで・天下を獲るまで・あるいは安岡がマンガ家になるまでは──。それが人情や縁(えん)というものだと思う。

人生はお金だけじゃない。お金は大切だけれど、それ以外でも人は──人の心は動く。


もちろん、思いやりがあるアニキ肌の福田と、七峰とでは、まったく違う。いまの七峰には、とても誰かがついてくるとは思えません。

ただ、それは亜城木と読者だけに分かることです。普段の七峰は猫をかぶっている。お互いの表情が見えないチャット上では、もっと上手にだますでしょうね。

仮に現役の「ジャンプ」作家から、「○○さんのご意見を、ありがたくいただきました! □□話に描くので、期待してくださいね!」なんて言われたら、喜んで協力する人もいるでしょう。そういう人は、逆にお金の話を嫌ったりもする。

また、七峰に賛同するのではなく、自分の力で「ジャンプ」を変えてやろう──という気持ちだけで意見を出す人もいるかもしれない。七峰にどういう思惑があろうとも、判定人たちが協力を続ける可能性はあると思いました。


七峰の件で自分の意見を示しておくと──、どんな方法で作ろうとも、作品は「面白ければいい」。以前から自分は、作者の生い立ちや人格・性格などと、作品とは切り離すべき──という考えを持っています。

ただ、これだけ書いておいて台なしだけれど──、七峰の計画は失敗するでしょう。なぜなら、完全に七峰は「ワル」として描かれている。『バクマン。』が「週刊少年ジャンプ」に載っている以上、彼の成功はあり得ない。

しかし、この「複数人で作品を作る」方法は、あまりにも魅力的です。お互いに責任を持って仕事ができる状況(報酬と契約)が整えれば、今すぐにも実用できるはず。これからは、在宅の仕事も増えてきますからね。

もう次の できてるんだ?

昨日の感想では、「マンガ家の才能とは何か?」をぼんやりと考えてみました。

バクマン。 #119-1 「過信と宣伝」 革新的と言いなり : 亜細亜ノ蛾

サイコーもシュージンも、七峰くんには 才能があると言います。七峰のトリックが分かったいま、彼のどこを見て、2 人は才能を感じているのでしょうか。構成力の高さ──かな。


ここで一つ思ったことは──、ひとことで「音楽家」と言っても、作詞・作曲・編曲──それぞれの能力を持った人たちがいます。

マンガ家の役割では、「原作」と「作画」しか自分は知りません。ほかには、マンガ家とは呼べない「アシスタント」くらい。

──ミュージシャンで言うところの「編曲家」に当たる人物が、マンガ家にいても良いのでは?

自分が知る限りでは、その立場には、ある意味では部外者である「編集者」が居座っています。これは何だかイビツな気がする。

七峰は、原作と作画──そして編曲ならぬ「編」的な作業をこなしています。このスタイルは新しいし、プロの「編話者」が増えても良いのでは?

そして編集者は、ストーリィには触らずに、雑誌を編む時の都合だけを考えれば良い。それが編集者の本来の仕事だと思います。


そうそう、ここまで書いてきて、なぜここまで自分が七峰に肩入れをするのか、ようやく自覚しました。自分自身が、この「編話」に興味があるからです。マンガや映画の感想を書く場合には、「こうしたら良かったのに」がポンポンと頭に浮かぶ。

プロの批評家は、「作品の見どころ」と「良くない点」を挙げるだけで終わる。それに対して「編話者」は、改善点(だけ)を挙げていくのです。おお、面白そう!

そんなお仕事、あったらいいな。

面白い連載ネーム ぶつけて勝負!

カヤが言うように、亜城木と七峰との対決が見られる──と自分も思いました。王道なやり方で邪道マンガを亜城木は描き、邪道な方法で邪道マンガを七峰は描く(ややこしいな)──とはならない。

亜城木たちは、本当にオトナになりましたね。七峰が生意気に見えるのは、彼の性格だけではなく、「若さ」なのかも。

そのオトナなはずのシュージンは、邪道な 王道バトルだ! ──と中二みたいに格好をつけている。──あ、今の中学生は、このポーズの元ネタなんて知らないか……。


いまだに「邪道でありながら王道のバトル」とは、どういうマンガなのかが見えてきません。──そうかんたんにシロートが推測できてもヘンだけれど。

想像するに、『HUNTER×HUNTER』のグリードアイランド編が近そうな気がします。基本的にはカードでのバトルをおこないながら、普通に肉体で戦ったりもする。

けっきょくは、「能力バトル物」に近いのかな。

まあ 無理か?

週刊連載の原稿は、1 週間以内に入稿する。これは当然ですよね。普通は余裕を持って何週間か前に完成させるにしても、原案からネーム・下描き・ペン入れまでは 1 週間で仕上げなければならない。

──それを知っている読者からすると、「読み切りを 1 か月以内に仕上げる」ことの大変さが、どうも伝わってきません。毎週の流れで描く作品と、0 から立ち上げる作品との差が、いまだに分からない。

長年マンガ業界で生きてきた相田の感覚からすると、ひと月の間に読み切りを完成させることは、不可能に近いのでしょうね。ほぼネームは完成しているのに……。


「読み切りや連載の立ち上げには時間がかかる」ことが常識です。「編話者」や「七峰法」によって、大幅に時間が短縮できそうな気がする。

いまはシロートの考えでも、数年後にはそれが常識になっているのでは? 「やってみなければ わからない」世界なのだから──。

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