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『バクマン。』 126 ページ 「分析と結果」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 17 号)

Head in Hands
(あの時油断して──飲み過ぎなければ……)

今回は、違うマンガが同じ話を 同じ号でやる──という現実世界の「ジャンプ」誌上では考えられないネタが中心でした。

しかし、じつは「ジャンプ」では、ネタが何度もカブっているのです!(というネタ自体をこのブログで何度もやっている──というネタ)

参考: バクマン。 #121-1 「自信と覚悟」 駄目もとと駆け引き : 亜細亜ノ蛾

たとえば、今週号の『BLEACH』に出てきた能力は、某・作者もろとも精神世界での戦いへ突入したマンガで見た気がしたり、なりー(不自然な語尾)。顔は『銀魂』のキャサリンをインスパイアしているし(不適切な発言)。

どうせなら、今回の『いぬまるだしっ』のように、全作品で『魔法少女まどか☆マギカ』をやれば良いのにな。

「PCP」が 合併号でやるネタを

サイコーもシュージンも、自信満々です。勝負の前なのに、もう勝った気になって挑むなんて──、それでは七峰透と同じなのでは? まさかの「七峰☆大勝利→亜城木▼転落」オチかと思ってしまいました。

よく考えると、思い上がった新人マンガ家・七峰のために、先輩である亜城木が胸を貸す──という場面だから、これくらいは大きく構えてないと格好がつきません。


サイコーは、「プロとして どうあるべきか」をいつも考える。「おじさん」こと川口たろう先生から受けた影響でしょうね。マンガを描いて生活をしている者としては当然の考え方だけれど、古い概念に とらわれる危険性がある。

シュージンの場合は、方法論としてどうかって 先に考えちゃうタイプだそうです。彼ひとりだと、七峰と同じように「目的よりも手段が大事」となって失敗しそう。

この 2 人が組むことで、どちらかに偏ることがなくなります。本当にバランスの良いコンビですね。

──何度も何度も繰り返し同じことを書きますが、シュージンと出会わなかった時間軸のサイコーって、どんな人になっていたのだろう……(流行中のループネタ)。

亜城木と七峰との大きな違いは、この出会いだった。

七峰にも信頼できるパートナがいれば、すくなくとも今ほど追い込まれることはなかったのに……。

それだけあれば充分だ

『シンジツの教室』を描いた時には、七峰を含めて 5 人だけだった。そして成功を収めている。反響の大きさだけを見れば、彼の一番のヒット作と言えます。

『有意義な学園生活に必要なそれ』の失敗を客観的に見れば、「判定人」が 50 人は多過ぎたんだ──なんてすぐ分かる。ただ、これは七峰の挑戦精神から、「とりあえず、やってみよう」とスカウトを始めたのでしょうね。

いま思えば──、七峰の心の底から わき出た不安感のために、協力する人数を大量に増やしたのかもしれません。一発屋で終わらずに連載を勝ち取ることは、マンガ新世界の神でも心細かったはず。


一度でも成功した方法があれば、それを貫き通すのもプロです。マンネリと言われながらも、ずっと同じような作風で、長い間活躍する人もいますよね。ヒロインの容姿も変わらなかったりして。かんたんに言うと、「どの南を甲子園に連れて行けばいいんだよ!」状態です。

七峰には、まだそれが分からない。とはいえ──、経験がなくて若いうちには、いろいろなことを試すべきです。今回の失敗は、今後の七峰を育てる良い経験になったと思う(まだ打ち切られていないけれど)。

船頭多くして 船山に上る

この場面は、マンガ・マニアのサイコーなら「仙道…… !!」(『スラムダンク』)と間違えて欲しかった。それはさておき──。

シュージンの解説は、じつに分かりやすい。

  1. まず結論を一言で話し、
  2. 次に かんたんな概要を説明し、
  3. さらに聞き手に合わせて補足する──

そしてこの説き明かし方は、『バクマン。』の描き方そのものです。これだけセリフが多いマンガなのに、各キャラクタの思考や各場面の状況がするする頭に入ってくる。これは、自分がファンだから──というだけではないでしょう。

そもそも、「文字が多いから、分かりにくい」という印象を持っている人には、ハッキリと「違います」と言いたいですね。『SKET DANCE』も『銀魂』も、セリフの洪水なのに分かりやすい。

セリフはすくないのに、やたらとゴチャゴチャしているマンガもありますケド……。

どれだけの 能力が必要か

このページの説明を聞けば聞くほど、七峰のすごさがよく分かります。彼は、途方もないことを やろうとしてきた。そして、ある程度は「判定人」たちを まとめてきたのです。

シュージンも、七峰の発想力は認めているでしょう。

やはり七峰は、「絵も描ける編集者」的な立場か、プロデューサがよく似合います。ところが、いまのマンガ業界には、そのような地位はありません。だから七峰は認められないのだ──では気の毒すぎる。

いつかは 自滅する

本当に活かすべき アイディアだけを選んで 1 人でまとめることを毎週続けるのは、常人には不可能であること──。これを「判定人法」が失敗した原因として、シュージンは指摘しています。

そのとおりだと思うけれど──、自分は七峰派だから、どうしても彼の肩を持ちたくなる。

「七峰ひとりで やっていた」ことが問題ではないか。初めから集団で話を考えることを決めておいて、まとめる役も複数人を用意しておく──。ただ、これだと単純に「お金と時間がかかる」だけですね。アニメや映画みたいな規模になる。


いま、ふと気がついたけれど──、マンガには大金をかけた大作って あり得るのでしょうかね? 出版社が出すのは、せいぜいマンガ家に支払う一年間の契約料と原稿料だけです。あとは印税──つまりは、ほぼ成果報酬になる。

映像作品のように「失敗したら多大な金がパーになる」みたいなバクチは、マンガ業界にはない気がします。マンガ家の数人が路頭に迷うくらい(それ、本人には大問題)。あとは、ちょっとテレビで CM を打つとか。

けっきょく、バクチ打ちはマンガ家だけで、出版社はサラリィマンの集合体なのだな……。

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