『バクマン。』 132 ページ 「逆立ちと立て直し」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 24 号)

2010-04-03_14-00-35_Canon EOS 7D_f5.6_1-2500s_iso100_119mm
(いろんな意味で──花見をしている場合じゃない)

「ジャンプ」マンガの戦闘シーンが面白くない理由の一つは、登場人物の多さによる消化不良です。キャラを多く出すわりに一対一で戦う場合が多いので、残りの人が「解説・応援係」になってしまう。つまりは、どんなに良いキャラを創造しても、ぜんぶモブになる

HUNTER×HUNTER』は、毎回毎回が緊張の連続です。いくつもの場所で・複数の人物が・同時に戦っているから、ダレたりしない。

──なぜ、ほかのバトルマンガも、この方式を参考にしないのでしょうかね? いつまで「甲子園式・正々堂々としたトーナメント戦」をやっているのだろう。

また、長期的な連載をやっていると、たまには息抜きのような回も必要です。いつもいつもシリアスな展開よりも、ほのぼのとした話を入れたほうが、物語に広がりが出る。戦闘中まで息抜きしたり、技の説明ばかりだとダメですけどね……。

家庭教師ヒットマン REBORN!』や『Bleach』は、スタイリッシュな戦闘パートよりも、学園・日常編のほうが圧倒的に面白い。

つまりは、もっと三浦ハルを出すべきだ!

──もそうだけれど、亜城木夢叶の『PCP』が行き詰まっている現在、軽めの話を描いても面白いと思います。一度はボツ扱いにしていた「席替え大作戦」なんて、昔のサイコーと亜豆の姿を借りたら面白くなりそう。

「PCP」は 終わってしまいます

シュージンが せっかく描いてきた原作を、サイコーはボツにしました。状況が泥沼化するだけでは──と思うところですが、いま大事なことは、「原稿を落とさないこと」では ありません

マンガの質を落とさないこと」が最優先です。

何とか締め切りに間に合わせただけの作品を掲載してしまったら、それは印刷物として半永久的に残ってしまう(コミックスの時に描き直す余裕もないだろうし)。それでは読者も・作者自身も、「亜城木夢叶」を嫌いになります。


久しぶりに「策を練る服部」を見られるのか──と思いきや、今回は不発でしたね。ちょっと残念だけれど、シュージンが自力で復活するのを待つ話なので、ここで服部が出しゃばったら台なしです。

作家が不調の時に、編集者には何ができるのだろう?

最近の順位と きたら…

相田は、気配りができて やさしい。だから、班長に慣れたのでしょうね。この場面でも、班員を気づかう気持ちで相田は声をかけている。とくに厳しく批評をしたこともありません。

よく考えてみると、班長のことを「いつも辛口の相田」と言っていたのは、服部だけです(『バクマン。 (2)』)。あの時の服部は、まだ人を見る目がなかったのかも。

形には なっている

もともと やせ形だからか、シュージンは すぐにゲッソリとした表情になりますね。まっ白に燃えつきる直前──みたいになっている。

ここは、相田の言葉に甘えて、1 週くらいは休んだほうが良かったと思う。それは逃げでも何でもなく、より良い作品を仕上げるために必要な、準備の期間です。

もう頭に入ってないのか…

暗号文のカギとなる言葉は、べつに何でも良いはずなのに、「希望を無くし」などという暗いキーワードを選んでいる……。

シュージンが こんな調子だと、「花見と言って クラスの皆を集めて マコトの机に花を飾る──」なんて話を書きそう。さすがに、それはないか……な?

いまのシュージンの精神状態で、複雑な話に挑戦するなんて、無謀の極みでしょう。上でも書いたように、サクサクと読める軽い話にしたほうが良いと思います。テコ入れ的に、「休日を過ごす安之城舞」の(『To Loveる』的な)話とか。

これじゃ 駄目だと 思う

時間的にも精神的にも、こんなにも追い詰められた状態で、さらにボツを食らったら、普通の感覚であれば心が折れるか怒ると思う。ヘタをすれば、休載どころかコンビの解消まであり得る。

しかし、来た時よりも力強く、シュージンは走った。

自分のパートナは、良い原作を必ず仕上げてくる──とサイコーは信じている。その思いが、シュージンにも伝わったからです。あとは、シュージンが形に仕上げるだけですが──。

[2] このページの一番上へ戻る