『バクマン。』 151 ページ 「ゾンビと悪魔」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 45 号)

Green Grocer Cicada
(古い自分を脱ぎ捨て──来年も頑張りたいな)

読む前までは面白いマンガなのか疑問だったけれど──、読んだら面白い! そんな作品のほうが、いつまでも心に残ったりします。

自分にとっては、まさに『バクマン。』が始まる前に不安なマンガでした。第 1 話目の感想も、思いっきりイチャモンから始まっている。

バクマン。 #1 「夢と現実」 大場つぐみと小畑健の新連載! | 亜細亜ノ蛾

それが今では、1 週間の半分は『バクマン。』の感想を書いています。こんな日々が来るとは想像も──、いや、「1 ページ」を読み終わった時点で予感していましたケド。

正直ピンと こなかったけど

新妻エイジは、たとえゾンビ物でも、ワクワクして 鳥肌が立つような作品に仕上げられる。彼の力であれば、バトルマンガなら どう描いても面白くできそう。

それなら、なぜゾンビを題材にしたのか?

世界に通用するテーマの中で、まだバトルマンガの大ヒット作がないから──でしょうね。

たとえば ある人が、子どものころから大好きな物語があって、どうしても「世界一のバトルマンガを描きたい!」と思ったとします。

──その好きな話が『西遊記』だったら、ちょっと、いや かなり乗り越えるべきカベが高すぎる。『ドラゴンボール』以降も『西遊記』物はあるけれど、同じ方向へ行くのは苦難の道のりだと思う。

主人公の 思想はかなり

シュージンは、言い出しっぺのサイコーがドン引きするくらいの、ものすごくエグい話を書けます。そういった作風のほうが合っているのでしょうね。

少年誌で連載している作家であるために、少年誌向けの作品しか描けない。──そんな欲求不満を持つ作家も多いはずです。同人誌で不満を解消する人も多いのでは? でも、現役の「ジャンプ」作家では、あまり聞かないな……。

冨樫先生が配布されていた『ヨシりんでポン!』は、自分の宝物です。『幽☆遊☆白書』の連載終了後に語られた「ぶっちゃけ話」が、思いっきり書いてある。

HUNTER×HUNTER』が、もしも「キメラアント編」で終わっていたら、同じような同人誌が出ていたのかもなぁ……。そうならなくて、本当に良かった!

シュージンは、同人活動もしていないし、趣味も持っていません。いったい、どうやってストレスを発散させているのだろう?

もしかして: カヤと


正義の悪魔は本当に格好いい! サイコーも──つまりは小畑健さんも、楽しんでデザインされたのだと感じました。

これまた「『バクマン。』の作中でしか出せない」ことに、小畑さんは物足りなさがあるのでは?

本当のトップに なれてないし

「邪道 vs. 王道」の構図は、何度も何度も描かれますね。でも、そのたびに話が深くなっていく。

亜城木夢叶が得意なジャンルは邪道──、それは間違いない。しかし、少年誌では邪道の限界がある。そのジレンマに、サイコーもシュージンも悩み続けてきました。

第三者からすると、亜城木は青年誌で描けばいいのに──とも思ってしまう。「ジャンプ」で描けなくなる危機も実際にありました。

それでもサイコーとシュージンが「週刊少年ジャンプ」に こだわり続けたのは、新妻エイジや福田たち──ライバルとの出会いが あったからです。その巡りあいがなければ、ほかの雑誌へ行っていたかもしれませんね。

悪魔の力を 悪として 使う

「ジャンプ」作家として連載を何作も描いてきて、いまだに亜城木は本当の王道の 正義キャラを描いていなかった──。これは すごい事実ですね。

「自分たちには邪道しか描けないんだ」と決めつけるのではなく、新しい道を切り開いていく──。この姿こそ、少年マンガの王道ですね!

──もうすっかり青年になった 2 人だけれど。

読者が求めているのは 正義や友情

自分が愛読している『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズでも、最後には気持ちの良い読後感が残ります。なんだか不思議で面白い。

あれだけ異様な世界を描いているのに、じつは、勧善懲悪が『ジョジョ』の芯に あるからですね。その精神は、第一部から変わっていません。

亜城木夢叶も、本当の意味で「ジャンプ」らしい作品を始められそうです。回り道をしてきたようでいて、すべては次回作のために やってきた──ように思える展開が素晴らしい。

そう、港浦が担当だったことさえも──かなぁ……。

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