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HUNTER×HUNTER No.337 「懺悔」 (週刊少年ジャンプ 2012 年 13 号)

Heart felt いつか見た少女と──いま初めて向き合う

「輪廻転生」(生まれ変わり)を強くは信じていない人でも、なんとなく「魂の存在」を感じている人が多い。とくに ゆるふわな宗教観を持つ日本人なら、その傾向が強いと思う。

自分は、「一寸の虫にも五分の魂」という言葉が昔から恐かった。数センチメートほどの小さな虫にも、半分ほどの魂入っているなんて、大きすぎるのではないか──と。

ところが、自分の思っていた以上に「五分」とは すさまじく巨大な単位だった……!

──と本編を読んでいない人には何のこっちゃ分からない前書きはこれくらいにして、『H×H』の感想をどうぞ! 今回も すごかった……!

蟻側・人間側

イカルゴやメレオロンを始めとして、「討伐隊」や人間側に立ったキメラアントたちは、「ハッキリとは人間を殺した描写がない」という暗黙のルールが あったように思います。コルトは微妙だけれど、それでも自分の手を汚した場面はありません。

ほぼ唯一の例外がコアラで、いつか何らかの決着を付けるのかな──と思っていました。口から水を飛ばすというコミカルさと、かわいらしい外見と──は結びつけがたい殺害シーンが、いつまでも印象に残っている。

今回の主役であるコアラは、生前のルックスからするとヒットマン(殺し屋)だったのでしょう。「生まれ変わった」という点からも、『家庭教師ヒットマンREBORN! リボーン』を思わせる。

NGL にいた悪党どもとコアラとでは、ふんいきが まるで違います。仕事の依頼か何かで、たまたま NGL に居ただけだったのかも。──じつはジャイロの暗殺を依頼されていたりして。

また繰り返す

生前のコアラは、魂どころか自我ですら信じていなかった。「死んだら 終わり」と考えている。

それが今の彼は、「サイクル」を感じています。これは「生まれ変わり」というか、「運命」と言いかえられる。自分が自分のまま生まれ変わったことに運命を感じたのでしょう。「なぜコアラなのか」──は置いておいて。

女王の食料として肉体を奪われた者も、魂は無事「どこか」へ 「逃げれた」の かも知れない──とコアラは言う。彼の人生哲学は、人生という理不尽なサイクルから「逃げられた」──つまりは「魂が救われた」か どうかを重要視している。

何度も何度も繰り返される運命という「サイクル」から逃げられることが、本当に救いだと言えるのでしょうか。おそらくコアラも疑問を感じつつも、それよりも積極的に「逃げる」 手助けをした気に なりたかった

本当に救われて欲しい人は、誰にでも 出来る 仕事によって手も心も汚れた──コアラ自身だったのに……。

まるで以前は殺しの稼業をさせられていたキルアのようですね。キルアもゴンに出会っていなかったら、コアラのように救いを求めていたでしょう。自分自身では変えられない運命も、他人との出会いで大きく変わったりする。

しかしキルアの場合は、自分から殺しを辞めようとしてハンター試験に参加して、そしてゴンと出会った。自分から動いたということが大きいのです。

天に手を差しだしていても、幸運は降ってこない。

有限と微小の念

コアラが語る「小さきもの」の話は、放射性物質や遺伝情報・原子などについて言及している。難しい言葉を極力使わずに、各概念が分かりやすく頭に入ってきます。

──ひょっとしたら理系の人たちにはツッコミどころが満載かもしれないけれど、ここは作者が科学知識を披露する場ではありません。コアラが自分で つかみ取った理(ことわり)を、自分なりの言葉で語っている。

物の名前や意味を書物で読んで「覚えた」だけの人が言うよりも、元・殺し屋の言葉のほうが よっぽど心に響きました。

そして もしかしたら、エネルギー保存の法則を無視していそうな「念」についても、科学的に説明できるかもしれない。

小さいという概念は そのものが発し得る エネルギーの総量と イコールではなかった

小さな蠅の王

微少な単位に分解される命──という話からは、シャウアプフのことも思い出します。壁を通り抜けられるほど小さな分身になっても自我を失わない彼には、世界と自分が どのように感じられたのだろう……。

そして、今でも彼は──かつてプフだった部分は、若干名が生き残っているのでは? (どうしても捨てられない「プフ生存説」)

「足るを知る」の先

今回は──まぁ、見ての通り雑な絵でした。しかし、もう一度よく読み直してみると、いつも以上にスクリーン・トーンを多用していることが分かる。画面のスカスカさを ごまかすため──ではなく、絵本のように見せているかのようだ。

そう、今回の話は絵本として成り立ちそうです。

テーマ的に子どもには厳しいかもしれないけれど、『すくわれないコアラ』みたいな感じで、すこしだけ設定を変えて絵本に まとめて欲しい! 裏表紙には『すくわれいコアラ』とか書いてあったりして。

たとえば下の言葉は、とても普通の絵本では出てこない表現だけれど、大事なことなので子どもたちに伝えたいです。

オレはバカだが 今わかってる事を 否定しないし わからない事を 素通りしたくない

これは「物の道理を知る」ということであり、「道理を知ろうとする意欲」のことを語っている。「足るを知る」という老師の言葉があるけれど、そこで満足せずに、さらに先をコアラは見ようとしています。

コアラは生まれ変わった後も、「このままでいい はずがない」と思いながら過ちを繰り返してきた。それでも、ようやく本当に 撃つべき だった対象を悟る。自分が何をするべきだったのか。

そんなコアラにとって、カイトの厳しすぎる言葉は、一番の救いだったに違いない。

いもうと!

突然の性別転換は「To LOVEる』では ありがちなこと」ですが、実際に起こったら かなり苦労するはずです。いくら「妹ラヴ!」なコルトでも、カイトの面倒を見られない部分があったと思う。

おそらく、スピン(スピーナ・クロウ)がカイトの姉の代わりになっていた──と考えました。自分の恩人でありながら妹のような存在は、最初は戸惑いながらも より深い関係になれそうです。

この魅惑的な関係を『カイトと!』として描くべし!

生きてこその再会

ゴンが やってきた場面は、一見すると「女の子とコアラ(の ぬいぐるみ?)」が並んでいるという、ファンシィなムードです。

しかし この 3 人が、どんな地獄をくぐり抜けて ここにいるのか──を思い出すと、ゾッと寒気がする。ゴンなんて「うん 死に かけた」なんて 7 文字で語り尽くしているけれど──、

キルア
「(どんだけ オレが苦労したか……!)」(心の叫び)

この場にコアラを残しているところが良いですね。もうすでに彼もカイトの仲間として、ともに生きることが──これからずっと 「これしかない」って 生き方をすることが決められている。だから何も隠す必要はない。

ゴンも、コアラがカイトの大事な仲間だと察してか、ためらいなく深い話を語っています。これくらいの年代の子だったら、普通は赤の他人の前で謝るなんて「恥ずかしい」と思いますよね。そんな誠意の見せ方のほうが恥ずかしい。

謎など小事

第三者から冷静な目で見れば、ゴンとキルアのせいでカイトは右腕を失ったし、結果的には見殺しにした。誰も その事実を責められない──けれど、誰よりもゴン自身が自分を責めています。

さて、この気持ちに どう決着を付ける?

お互い 修行が 足りなかった な」というカイトの言葉は、あまりにもシンプルで、とてつもなく優しい。『キメラアント編』から引きずってきたモヤモヤの大半が、心からぬぐい去られた気がします。

そしてこの言葉は、コアラにも向けられているはず。

「カイトは どうやって生き返った?」とか「『気狂いピエロ』(クレイジースロット)の最後の番号とは?」といった問題なんて、とてもとても小さな事です。クイズの問題じゃないのだから、そんな小事など──

──いや、途方も無く 小さいって事が重要だと今回の話で よく分かったので、上記の謎はキッチリ描いてくださいね!→冨樫先生

おわりに

最後のページを見て、とうとう冨樫先生も MMORPG に飽きたんだな──と思いました。そして次は──。

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