貞本 義行 『新世紀エヴァンゲリオン

Tagged! - Metas para 2012 似ているようでいて──大きく異なっている

物語も後半に入り、「お気楽な萌えマンガ」などという側面は皆無になりました。そもそも『エヴァ』に萌えなんてなかったんや……(そうか?)。

──その一方で、セーラ服を着た綾波レイなどという罪深い扉絵を投入してくるから、油断もスキもありません! (第 9 巻・149 ページ)

第 9 巻と言えば、綾波レイのアクション・フィギュア付き『新世紀エヴァンゲリオン (9) 綾波レイ スペシャル BOX』版も出ていました。自分も持っているレアモノだけれど、いまだにネットで普通に見つかる……。

では、いろいろと大変な展開の感想をお送りします!

Volume 9 「フィフス・チルドレン」

いよいよ渚カヲルが本格的に登場しました!

──と素直には喜べない展開です。カヲルが語る「猫理論」は正論だけれど、ヒト(オレ)には受け入れがたい……。いままで大人たちの正論に流されてきたシンジでさえも反発しています。

アニメ版とは印象が変わったカヲルだけれど、性格そのものは同じかも しれません。シンジの精神状態や性格のほうが大きく変化している。

洞木ヒカリの反応にもビックリしましたが、彼女の年齢を考えると当然でしょうね。相田ケンスケは落ち着きすぎています(そして真相を見抜きすぎ!)。


ADDITION』に収録されているドラマを聴くと、貞本版の渚カヲルに近い気がする。──この CD は、自分が『エヴァ』の話をする時に よく持ち出す 1 枚です。ファンなら絶対に聴きましょう!


渚カヲルは、ゼーレ(のキール議長?)に育てられたはずです。一定の距離 以内に近づくことをためらわなかったり、無神経な発言が多すぎるので、親の顔が見てみたいですね!

生まれは似たような綾波レイが比較的マトモだった理由は、赤木親子に──つまりは女性に育てられたからでしょう。碇ゲンドウが独りで育てていたら、どんな凶悪な子になっていたことか……。


弐号機に乗って戦うカヲルなんて、二次創作かゲームでしか見られなかった! それだけにワクワクして読み進めてみると──、

オサレなセリフのわりに押されっぱなし(どやぁ)。

天才アスカ天然カヲルの 2 人から性能を引き出されたのに、弐号機は負ける運命なのか……。

Volume 10 「涙」

とうとう本編に まったくギャグが描かれず、巻頭のカラーにも扉絵にも笑顔が見られなくなってきました。──というタイミングで、

「A-801」が発令です!(まだ早いぞ)

都合よく利用され続けてきたシンジが、今度はカヲルに居心地の良い隠れ場を求める。この意趣返し(八つ当たり)は笑えました。さんざん振り回されっ放しだったシンちゃんに、ようやく下克上の機会が来ましたね!


零号機から あふれ出した「使徒の集合体」みたいな物体は、ビデオ・テープ版(DVD ではなく!)で初めて見ました。この変更には腰が抜けるかと思ったし、なんとも気持ち悪い!

すべての使徒には同じ遺伝子情報が刻まれていて、それが あふれ出たのでしょうかね? それとも、これまでの使徒の記憶が受け継がれているのだろうか?

3 人目のレイが流した「涙」からすると、記憶を共有しているようにも思える。人も使徒も、全員が思い出を共有できたら、それは楽園だろうか? ──絶対に違う! と Twitter や Facebook を見たら分かる


綾波レイと一体化した使徒は、彼女の「醜い心」を言い当てている。つまり、使徒が嫉妬心や独占欲を理解した瞬間です。──これはヒトにとって最大の危機だったのかも。

レイは、最期に「人と繋がりたい」という気持ちに気がつきました。それも ある意味では使徒のおかげ──という皮肉が切ない。

使徒を通してタブリス──カヲルにも、レイの心を伝える演出も最高でした! この戦闘がなければ、カヲルは「好き」という感情が本当には分からなかったでしょう。

外見的には印象の薄い使徒ながら、もっとも重要で確信を突いた戦いでした。使徒は倒すべき存在で、人は救うべき存在なのだろうか──。

Volume 11 「手のひらの記憶」

渚カヲルの登場を早めて、彼の描写は大幅に増えました。──それにも かかわらず、結末は同じです。

この繰り返しによる無力感は、『エヴァンゲリオン』という物語そのものに思える。物語のなかでシンジは少しずつ成長しているけれど、だからといって報われているように見えない。


自分は猫が大好きだから、どうしてもカヲルの行動は受け入れられません。同じ状況になったとして、絶対にカヲルと同じ選択はしない。それは、おそらくシンジも同じだと思う。

それでもシンジが「手のひらの記憶」を残した理由は、カヲルを好きになったからでした。

好きだから、傷つける

──洞木とトウジ・アスカと加持に見た微笑ましい関係と同じです。コミュニケーションは、お互いの心に触れあう必要があり、その際に少しは傷が付いてしまう。


一番の恐怖は、好きな人が いなくなること──ではなく、好きだった人の人格が変わってしまうことだと考えます。

シンジはアスカとレイの 2 人で その恐怖を体験しているし、アスカは母親で つらい目にあいました。多感な時期に味わった恐怖心は、今後も ずっと残り続けるはずです。その傷が癒えるころまで、2 人を見守り続けたい──。

Volume 12 「父と子」

貞本版『エヴァ』で一番おどろいた変更は、この巻のゲンドウでした! でも、もしかしたら、旧・『劇場版エヴァンゲリオン』でも、ゲンドウは同じことが できたかもしれませんね。

アダムの力を借りているだけとは言え、ゲンドウは一足早くヒトをやめてしまったのか……。


シンジに向かって言ったゲンドウのセリフも衝撃的でした。まったく父親らしくない言葉です。『エヴァ』と言えば──とセットで語られる「エディプス・コンプレックス」を逆転させた構図になっている。

ただ、ゲンドウと似た感情を持つ父親も多いでしょう。シンジやレイやアスカと同じく、「自分だけを見て欲しい」という欲求が根本にある。

サード・インパクトによって「人類補完計画」を行なおうとする老人たちも、その承認欲求に縛られているようにも見えます。

ようするに、全員が子どもだった。

おわりに

碇ユイは、旧・『劇エヴァ』の登場人物の中で もっとも不可解な存在です。「理解する」といった対象ではないと思う。

我が子に無償の愛を注ぐ母親は多いけれど、ユイは文字どおりに「無限の愛」を持っていました。彼女こそ神そのものです。

だから、シンジが生まれたあとでも、ゲンドウのことも当然のように愛していたに違いない。ゲンドウがシンジよりも子どもだったから起きた悲劇です。

──という旧作と、新劇場版『Q』と、貞本版と、それぞれの結末は違ってくるのでしょうか? ぜひ、まったく違う「劇終」が見たい! どれかが「遅刻遅刻~」だったりするのかな……。

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