『クローサー』 (Closer)
スリリングな恋愛を描いた映画です。
一組の男女が偶然に路上で知り合って、恋をする──。そんな「恋愛映画」らしい始まり方をします。まったくタイプが異なる 2 人だけど、案外、お似合いそうにも見える。
あともう一組、小粋なウソから出会う男女が出てきます。こちらは「え、そんな出会いで付き合うの?」と驚くけれど、恋の始まりには理由や理論は必要ありません。
このようにステキな始まり方をする映画なので、さぞかし美しい恋愛模様が見られる──と思うでしょう。付き合い始めた恋人同士が観るのに、ピッタリな映画に思える。たしかに素晴らしい傑作なのですが──、
──ただ甘いだけの恋ではなかった……。
キャストは、以下の通りです(カッコ内は日本語吹き替え版の声優)。
- ダン: ジュード・ロウ
(内田夕夜)
- アンナ: ジュリア・ロバーツ(黒谷友香)
- ラリー: クライヴ・オーウェン(山寺宏一)
- アリス: ナタリー・ポートマン(落合るみ)
なんという豪華なキャスト陣でしょうか!
主演・助演の全員が、アカデミー賞に受賞・またはノミネートの経験者です。『クローサー』自体も、ゴールデン・グローブ賞を 2 部門も受賞しました。
参考: クローサー (2004年の映画) – Wikipedia
この映画は、アリスを演じたナタリー・ポートマンが、なんといっても一番輝いています!
アリスは、「元・ストリッパ」だという衝撃の告白をする。でも、「どうせ『──という設定』だけだろう」と誰もが思う。なにしろ、まだ『レオン』のマチルダ役で見せた、あどけなさが少し残っているのです。
まさか、ナタリー・ポートマンがストリップをするなんて──。そう思っていたら! なんと!(続きは映画で)
監督は、あの超有名な恋愛映画・『卒業』を撮ったマイク・ニコルズです。そのためか、終わり方が深く印象に残る。
『卒業』がハッピィ・エンドかどうかは、議論が分かれるところですよね。『クローサー』も、いったい誰が幸せをつかんだのか、見終わったあとで考えてみると面白い。
いつも映画を紹介する時は、「誰と観ることをお勧めするか」を考えます。『クローサー』は──、むずかしい!
恋愛期間の短い男女が──と言うか、恋愛経験のすくない人がこの映画を観るのは、刺激的すぎます。恋愛恐怖症になりそう。むしろ、不倫の相手や浮気相手と一緒に観たほうが、あらゆる意味で良いかもしれません。
『クローサー』を観て、真実を知りたがる男・ウソをつきたがる女にうんざりするなら──、
──火遊びはやめましょう。
マスクと認識が甘い男
2 組のカップル・4 人全員が主役級だけれど、いちおうの主役はダンです。
ファッションモデルでもあるジュード・ロウが、ダンを演じている。それだけに、ダンは、憎たらしいほどのハンサム・ボーイです! 比喩なしに、憎い(おいおい)。
アリスとの出会いは不可抗力だし、最初は好青年を装っていたので、ダンは普通の「イイ男」に見える。一部の女性から見れば、後半の彼のほうが魅力的に思えるかも。
自分の目から見れば──、最悪な男ですね!
彼の悪行は本編を見ていただくとして──、じつは、ダンには感情移入も共感もできます。こういう「自分に甘くてズルい男」を見ていると、自分自身(の理想の)姿を写しているように思える。
ただし、ロウと自分とでは、ルックスが大違い……。
こちらもお似合い?
ジュリア・ロバーツといえば、やっぱり『プリティ・ウーマン』を思い出します。
シンデレラ・ウーマンの印象が深いジュリアですが、よく見れば薄幸そうな顔をしていますよね。特徴的な泣きぼくろには、涙が似合う。
本作品で彼女が演じるアンナは、悲劇的な恋愛におぼれていきます。文字どおりに、もがくほどに沈んでいきそうな恋をしている。第三者から見ると、自分から苦しい道を選んでいるように思えてしまう。
ところが──、最後には彼女なりの幸せを獲得します。この芯の強さが、アンナの──女性の強さですね。
(アマチュア)カメラマンの目には、プロ・カメラマンであるアンナの仕事ぶりが興味深かった。
Carl Zeiss Makro-Planar 120mm F4 をハッセルブラッドに付けてダンを撮るアンナの姿は、男性的で格好いい。Leica M6 でアリスの泣き顔を狙った時には、アンナもアリスも別々の色気があってゾクッとした。
そのアンナが、恋人であるラリーにレンズを向けた場面は、ない──。これは、何かの象徴かも。
アンナの相手をつとめるラリーは、クライヴ・オーウェンが熱演しています。正直に言うと、「クライヴ・オーウェンが恋愛映画? 配役ミスじゃないの?」と観る前には思いました。
この作品には、ラリーが「生のニンジンをかじっている」場面が出てくる。まっ先に頭に浮かんだのは、『シューテム・アップ』です! 『クローサー』よりもあとで作られた映画だから、おそらくパロディなのでしょうね。
シューテム・アップ – 鉄の人参と石の心臓を持つ男 : 亜細亜ノ蛾
クライヴ・オーウェンには、アクション映画や悪役が似合う。そう思って『クローサー』を観てみると──、バッチリ役柄にハマっていました!
ラリーは、下品なエロオヤジです。
──こういうと身もフタもないけれど、それでもラリーは格好良く見えました。自分の(下)心に正直な男は、男女ともに好かれるものです。ラリーは善人ではないけれど……(そこがセクシィ?)。
ちょっと油断すると、クライヴ・オーウェンは宇梶剛士さんに見えるので、それだけには注意しましょう!
ミステリィ映画のような演出
ミステリアスな恋には、ミステリィ風の演出を──。
脚本家や監督がそう考えたのかは知りませんが、『クローサー』には、ミステリィ映画を思わせる場面が多くでてきます。なんと最後には、どんでん返しまで出てくる(!)。
意外にも長い時間が流れていることが、途中で分かります。付き合ってから 4 か月が過ぎた──、という会話が急に出てくる。違う場面では、一年後だったりします。
普通だったら、「── 4 か月後」といった字幕を入れる。この映画では、時間の経過を会話だけで表現しているので、吹き替え版で聞き逃すと混乱しそうです。
それに、時間が先に進むにつれて、なぜかアリスが若返っていく──ように見える。ダンと出会った当初はけばけばしい格好だったけれど、後半は黒髪のショート・ボブに変わります。『レオン』で彼女が演じた、キュートなマチルダを思わせる。
ソファでヒザを抱いて寝るアリスの、何とかわいらしいことか……! 猫みたい。
アリスが若く──幼くなっていくせいで、途中で「時間が巻き戻されていく映画なのか?」と思わされました。時の流れを表現する会話をカットすると、本当に時間のトリックが使われているに見える。
もしかして: 気がついていないのは、オレだけ?
ウソの真実
最後に、「彼女」はウソをついていたことが分かります。意外なところにワナが仕掛けてあって、ビックリしました。映画を見終わったあとで、なぜウソを言っていたのかを考えてしまう。
このウソによって、(すごい場所で)ラリーがしつこく名前を聞いたシーンや、ダンと一緒にいた空港近くの場面が、まったく反転しました。
空港の場面を見逃すと、まさかの『シックス・センス』オチかと勘違いするはずです。──そう思い込んでいる人も、けっこういそうだな……。
ミステリィ・ファンとしては、ダンがウソを知る場面と空港のシーンは、逆に編集して欲しかった。話には矛盾が起きないし、もっとビックリできます。『シックス・センス』かと思う人も増大するはず。
上で書いた時間経過の演出と、「彼女」のウソとを上手に組み合わせると、「殺人事件の起こらないミステリィ」として立派に成立します。「ウソをつくこと」が主題の 1 つとなっている映画なので、「フェアかどうか」が議論されそう。
熱心なファンなら、とっくに「『クローサー』をミステリィにしてみた」という動画を作っているかも。
最大の謎は、どうしてこんな謎めいた演出にするのか──という点です。「閉じる人」などという意味深なタイトルも、誰を・何を指しているのか、謎に包まれている。
余談
だんだんと手詰まりを感じつつも、今回もまた、タイトルはゲーテの名言から発想しました。
涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない。
個人的には、「味わう」の否定形である「味わわない」は、きわどい言葉だと思います。誤用かと思われそう。「味あわない」という間違った言葉のほうが、世間では浸透していますよね。
「涙とともに」「味わわなければ」「恋の味は分からない」──と 3 組の「連続した音(ToTo・WaWa・WaWa)」を重ねて、わざと語呂の悪さを狙いました。
本当ならば、「恋人の欠点を美徳と思えないようなものは恋しているとはいえない」のほうが、『クローサー』には合っているんですけどね。その言葉は、下の映画で使ってしまった。