『屍鬼』 小野不由美×藤崎竜 10 巻 – 屍鬼と仕事は仲間を作る

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『屍鬼』 – 原作: 小野不由美, 漫画: 藤崎竜

蝉(Cicada)
(鳴き止まないなら──いっそのこと)

派手な色使いのカバーが目を引く『屍鬼』の 10 巻が発売されました! 落ち着いた色合い(または明治のアポロ?)の前巻・『屍鬼 (9)』とは対照的です。鮮烈な赤が血を思わせる。

今回の折り込みカラー・イラストは、お人形のような桐敷沙子(きりしま すなこ)です! かわいすぎる!! ここでもピンクと黒の「アポロ・カラー」が使われていて、食べちゃいたいくらい(問題発言)。

扉絵でも沙子は登場しました。中でも、ウザかわいい清水恵(しみず めぐみ)と沙子との組み合わせは見ものです。恵の半分くらいの身長かと思っていましたが、意外と沙子は背が高いですね。頭ひとつ分だけ低い。

──「頭」という単語と清水恵が金髪であること・髪型から──なぜか「マミ」という人物名が思い浮かびましたが、気のせいでしょうか。恵、マミるなよ……。

再度の苦しみ

前田元子(まえだ もとこ)の話は久しぶりなので、正直なところ──、下の 2 点について忘れてしまいました。

  • なぜ、彼女は父親の巌(いわお)に執着しているのか
  • 息子の茂樹(しげき)が亡くなった理由

過去に自分が書いた記事でも、じつは茂樹の容体がよく分からなかったので、あいまいに書いています。いかんなー。ここは「考察サイト」ではなく「感想ブログ」なので、こういう時は「よく分かりませんでした」と書くべきですね。

『屍鬼』 6~7 巻 小野不由美×藤崎竜 – 生きる苦しみ・不死の痛み : 亜細亜ノ蛾


そこで、コミックスの『屍鬼 (7)』をあらためて読み返してみる──。「サイドストーリー 下外場の主婦・前田元子の 7 月 25 日~11 月 6 日」を読むだけで、上の 2 つの疑問は解消しました。

まず、元子が父親を異常に恨んでいるのは、勘違いと言っても良いでしょう。村人からのうわさ話によって、死んで 余所者になった お養父さんが… 家族を引いていく !!! と元子は思いこんだのです。

ただし、元子の娘・志保梨(しおり)の血を吸った屍鬼は、いまだに明かされていない(よね?)。巌がやった可能性もある。

いずれにせよ、巌は夏野が始末したと思われるので、元子の報復が実を結ぶ日は永遠に来ない。


次に、茂樹の最期についてです。下のウェブページでは「ゆるふわ」な推測がされていますが──、

屍鬼の7巻を読んでちょっと気になったのですが、前田元子さんの息子の前田茂樹くん… – Yahoo!知恵袋

「茂樹を死に追いやったのは元子」と自分は思っています。意図的に元子が手をかけたのではなく、何があろうとも風呂場から息子を出さなかった──のではないか。どんなに衰弱しようとも……。

ただ、無理のある描写ではあります。風呂場に立てこもった時点では、(小説版と違い)茂樹の体調は正常そうに見える。そこから衰弱死したとすると──、元子が無事なのはなぜだろう? ──まぁ、「無事」ではないけれど……。

ちなみに、元子が嫌う姑・登美子(とみこ)が死亡したのは、小説版では 10 月 18 日です。マンガ版でも大きくは違わないはず。それから数日以内に姑の葬式を済ませて、息子を抱いたまま、元子は 11 月 6 日まで風呂場にいたことになる。

20 日間弱の間、元子は「何」を食べていたんだろう──、とよからぬ考えが頭をよぎりました。「茂樹が ■けちゃった」の絵を見る限りでは、そういうことではないらしい。たぶん……。

お気に入りの人物が、次々と消えていきます。悲しい……。10 巻でもまた 1 人、好きなキャラクタがいなくなりました。

それは、矢野妙(やの たえ)です。

矢野加奈美(やの かなみ)の母である彼女は、一見すると普通の人間には見えません。まるで、『封神演義』の四不象(スープーシャン)や田中家の飼い犬・ラブみたい。彼女もマスコット・キャラというところでしょうか。

そんな彼女の、見たくなかった姿が次々と出てきます。女手一つで娘を育ててきた妙は、人間を──娘を襲うまいとして苦しんで、苦しんで、苦しみぬいた。その結末が──身近な人間による「裏切り」と、そのあとの「物扱い」では、救いがありません。


せめて(若いころはケバかった)娘の加奈美だけでも幸せになって欲しいけれど──、この村ではむずかしいでしょうね。

最後に出てくる女性たちの集団の中には、彼女はいませんでした。村を出たのならまだ良いけれど、早まらないで欲しい。

人狼たちのズレ

辰巳(たつみ)の甘さが目につきました。人間に対しては人間をけしかけるのが一番──という発想は良かったけれど、最強の軍隊の使い方が甘い。

操っている人間と一緒になって、辰巳は尾崎敏夫(おざき としお)を襲うべきでしたね。いざとなれば「肉のカベ」で身を守れる。ただし、辰巳の目的は尾崎の抹殺と同時に、仲間を逃がすことでした。だから自分では戦わなかったのかも。

──それにしても、倉橋佳枝(くらはし よしえ)は村迫正雄(むらさこ まさお)を逃がさなかったのに、辰巳は逃げろと言う。いまの佳枝が正常ではないとは言え、この人狼 2 人の食い違いは、屍鬼たちにとって致命的では?


辰巳や屍鬼たちの危機は続きます。女衆の強さが最後に描かれました。辰巳たちが人を操っても、効果は薄いことが分かる。何をどうやったら「炊飯ジャーで戦う」なんて思いついたのかは疑問だけれど……。

それを言ったら おしまいですけど──、屍鬼には毒が効かないのだから、食べ物や水道に毒を混入させれば良いと思う。そうすれば、生き残るのは『HUNTER×HUNTER』のキルアくらいです。

屍鬼と正気が敵

だんだんと「屍鬼よりも人間はタチが悪い」という描写が増えてきました。考えてみれば、屍鬼にしてみれば「通常の食事」として人間を襲っているわけです。そこには狂気もなにもありません。

人間の姿をした屍鬼を人間が殺すには、ある程度の正気は捨てなければならない。平気で「処分」できるほうが異常でしょう。外場村は、狂気こそが正気の世界です。

心に罪悪感を抱きながらも、たんたんと「駆除作業」を進めていく村人たちが恐ろしい。トンネル内での惨劇も、まるで毎シーズンやっている農作業のような効率の良さです。


安森家でたったひとり起き上がったのは、安森奈緒(やすもり なお)でした。彼女の人生って、なんだったんだろう……。今回も、わたしは 永遠に そこに たどり着けないで止めて欲しかったけれど──、最期の最後まできっちりと描かれています。

人類の大きすぎる損失

正気をマヒさせた人間は強い。それならば! 人類最強は田中かおり(たなか──)です。彼女の戦闘力の強さは、9 巻で示されました。

『屍鬼』 9 巻 小野不由美×藤崎竜 – 多くの人間に取り囲まれた母親 : 亜細亜ノ蛾

それなのに、かおりは脱落です! これには驚きました。彼女は夏野と組んで、辰巳との最終決戦に挑むと思っていたのに……。たぶん、かおりが圧勝する

9 巻を見て分かるとおり、彼女の弱点はスタミナのなさです。これは、「超(スーパー)サイヤ人 3」や「20 倍界王拳」の状態なのでしょう。かおりはすでに、人類を超越している。

夏野:
「がんばれ かおり… おまえが ナンバー 1 だ !!」

──と冗談半分で書いたけれど、普通に考えれば大川富雄(おおかわ とみお)が一番強いでしょうね。彼は人類とは思えない。その富雄ですら、集団で襲われれば一時的に戦闘不能になってしまう。

この「負傷や毒物に対する強さ」と「持久力」が、人間と屍鬼とでは正反対です。それ以外ではほぼ完全に劣っている屍鬼は、この 2 点をうまく突くしかない。なんだか屍鬼を応援したくなりました。

沙子語録

今回も沙子様のお言葉を引用します。

もう少しだった

あとはもう 閉じてしまうだけ だったのに

居心地の良い自分だけの世界を創って、そこに永遠に住むことができたら、それは最高の楽園でしょう。自分が思い描く「死後の世界」の理想は、そのような都合の良いパラダイスです。

屍鬼たちが隠れなくても いい場所を、沙子は作ろうとしました。でもそれは、確実に不可能でしょう。どう考えても「食料」が足りません。観光客や旅人が定期的にやって来て、彼らが消えても誰も気にしない──という状況を作る必要があります。

沙子が考えた「子どものままごと」のような理想郷について、オトナたち──兼正(かねまさ)の人間と屍鬼は、誰も疑問に思わなかったのでしょうか? ──そう、考えなかったのかもしれません。

外場首頭工で尾崎が言っていたように──、屍鬼は弱い。あまりにも弱点が多すぎる。彼らが人間界で生きていくのは、あまりにも困難なのです。どの屍鬼も、人間たちの逆襲を無意識に恐れていたのかもしれません。

ばくぜんとした不安を抱きつつも、沙子の理想にすがる屍鬼も多かったでしょうね。自分もすがりたい!

余談

今回のタイトルは、ゲーテの言葉から借りました。

仕事は仲間を作る。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの名言 – みんなの名言集

ゲーテにしては「そのまま」な言葉ですね。でも、「by. ゲーテ」を付けて職場で話したら、ちょっと格好いいかも?

屍鬼が仲間を増やすことはともかくとして──、タイトルで言う「仕事」とは、「ドライブイン ちぐら」やトンネルの中で、人間たちがおこなった作業のことを指しています。

1 人では、とてもできない。仲間となら、できる。

それは、良いことばかりでもないのです──。