『χの悲劇』 森博嗣・著
なんと、島田 文子が主人公です!
かつて「神」の近くにいた天才プログラマは、前作・『キウイγは時計仕掛け』にも出てきました。その時に島田の転勤先は示されています。
ということで──舞台は香港(ホンコン)です!
異色な始まり方に不満と不安が わき上がる。
「加部 谷恵美は何をしているのか?」「海月 及介は いつ出るの?」──読み始めた頃は、そんな感想ばかりが浮かんできます。
ところが、読み終わった直後は、シリーズ中で もっとも衝撃を受けた一冊に なりました。いまではGシリーズで一番 好きな作品が この『カイの悲劇』です!
『すべてがFになる』から読み返したくなりました。
アニメ版『すべてがFになる』で島田を知った人は とくに驚いたはずです。森ミステリィの奥深さに震えるが良い……!
Reviewer: あじもす @asiamoth,
人類には速すぎる動機
「この世界では普通のことですが、つまり、殺害の動機は、知っているから、なのです」
前代未聞の「犯行の理由」が描かれる!
森ミステリィでは「人は なぜ人を殺すのか」に よく焦点が当たります。とくにGシリーズではメイン・テーマと言っても良い。「遊ぶ金 欲しさに」「痴情の もつれ」といった一般的な動機は出てきません。
森作品では「自身の人生にとって邪魔になる存在を消す」犯人が多い。さらにGシリーズでは、宗教的な理由も絡んでくる。その上で「利害の不一致」が ほとんどの原因です。
しかし本作は──想定外すぎる「動機」でした。
犀川 創平なら真相に至っただろうか?
今回の謎は、地道な調査よりも発想の飛躍が必要でした。理系ミステリィのシャア・アズナブルこと(?)犀川先生の専売特許です。島田よりも短期間で結論を出せた可能性は高い。
本編で島田と同じ結論に至った人物も、その手の思考法は得意分野です。「島田さんの少しあと
」に犯人を知ったと言っているけれど、本当はもっと早くに たどり着いたんじゃないかな。そんなことを自慢する人物では ありません。
変えられる過去
「愛知県の空港で、旅客機が着陸寸前に爆発事故を起こしました。ご存じですね?」
『四季 秋』は妃真加島での事件を一変させました。
同じように、西之園 萌絵が両親を失った事故も『χ』は塗り替えようとしている。まだ真相は明かされていませんが、真賀田博士の思想に ようやく人類が追いつけるかも。
孤高な思考だけを
本当に、自分の躰がここにあるという現実が、彼女にとって最大の足枷だった。この肉体を捨てて、バーチャルの世界で生きられたら、どんなに楽だろう。
孤独を愛する島田は、作者の生き写しに思えます。
ところが、「友だちは いらない」といった発言を残されているわりに、森先生は友人に恵まれている。自分が知るかぎりでは奥さま・ささきすばる氏に「卒論」を出すような話も聞きません。島田と森先生は別人格です(当然)。
島田は「理想的な理系」を表現した人物と見ました。
優秀さと性格のせいで島田は孤立しがちです。しかし、(表だっては)他人をバカにしない。友人の訪問も歓迎している。犀川よりも ずっと対人スキルに長けています。
島田のパートナに なりたい人も多かったのでは……。
まるで海水浴のように
まるで、底なし沼を採掘するようなものなのだ。
こんな楽しいことは、滅多にあるものじゃない。
ネットワークへの侵入シーンが斬新でした。
似ている作品を挙げるなら『攻殻機動隊 2』(電子書籍マダー?)です。(元・)草薙 素子ほど自由にバーチャル空間を泳げないけれど、島田も負けていません。島田がシステムと格闘する場面が目に浮かぶようでした。
映像化が非常に困難な『χ』ですが、電子空間での攻防はCGで観てみたい!
おわりに
「ありがとうね。本当にありがとう。また会おうね。」
その言葉が真実になる日を信じて──。
やはり本作品で一番の見どころは最後でしょう。一行で二度ビックリしました! エラリイ・クイーン『Xの悲劇』との類似点やメイン・トリックの奇抜さも吹き飛びました。
今後はWシリーズである『彼女は一人で歩くのか?』に世界は続いていくはずです。となると、『χ』のあとに出る『ψの悲劇』『ωの悲劇』は どんな場面を描くのだろう?
前作の感想に驚くべきことを自分は書いていました。
「真賀田 四季の中にある人格が他人に転移する可能性
」です。本作・『χの悲劇』にて そのことを思わせる記述ができてきました。──それこそが四季博士の計画なのか?