『バクマン。』 77 ページ 「大好きと否定」 (週刊少年ジャンプ 2010 年 15 号)
なんでも相談できる相手がいる、ということは幸せです。相談相手が恋人だったりすると、実際には「何でも」は話せませんが……。
世界で一番ザンコクな遊びである「はないちもんめ」でさえ、「相談しましょ、そうしましょ」と相談タイムをもうけたところに、人間の良心を感じます。
そう、たいていのことは、話し合えばなんとかなる。そして、相談する前に、だいたいは結論が出ているものです。『走れ! 大発タント』を続けるかどうかも……。
俺 「タント」 やめたい
とつぜん、『タント』に先がない
などと言われても、亜豆からすると「何が何だか分からない」状態でしょう。
参考(?): 「なにがなんだかわからない」は、ハンナ=バーベラ第1期の『
そんな事を考える余裕もなく電話をかけた、サイコーの切羽詰まった気持ちが伝わって来ます。
亜豆さんとは 結婚したい
『バクマン。』は、ときどきバトルマンガを思わせる展開になります。「○○杯」の入賞を争う場面なんてそのままバトルマンガだし、ライバルとの熱い関係も似ていますよね。
ただ、バトルものとは違い、『バクマン。』で「ライバルに勝つ」ことは、「相手を喜ばせること」にもなる。面白いマンガを描いて相手を納得させたら、自分も相手も楽しい。
本当に命を取り合うようなバトルマンガでは、ライバル同士が幸福になることはムズカシイ(ベジータのモノマネ呼ばわりされる)。それと比べると、『バクマン。』はいわゆる「Win-Win の関係」じゃないですか! いまの時代にふさわしいバトルですね。
私より 新妻エイジを喜ばすため?
という亜豆の質問は、ちょっとイジワルな感じがしますね。ヤキモチを焼いているみたい。それがまた亜豆らしくて良いです。けっきょくはサイコーの気持ちを認めてあげて、亜豆の度量の広さを感じました。
──この 2 人もまた、ダンナのほうがオクサンの尻に敷かれるのだろうな……。
シュージンには 合ってない
シュージンがギャグ出すのに 苦しんでる
ことを、亜豆はちゃんと見抜いている!
亜豆の性格からして、自分の方からカヤに聞いたとも思えない(カヤの方から電話した可能性はあるケド)。そうか、なんとなく亜豆は「ギャグが分からない」のかと思っていました。──あ、より性格に言うと「自分が独自に作り出したギャグ(らしきもの)でケタケタ笑う」というイメージですね。不思議系。
それにしても、一読者が読んだだけで「ギャグ出しがキツそう」と分かるマンガって、かなりヤバイ……。テレビで新人のお笑いタレントを見たときに感じる、「なぜだか見ているコッチのほうが、ワキから変な汗が出る」状態なのかも。
いまの『タント』を読んでいる読者も大事にする。その当たり前のことが、まるで亜豆のひと言で気がついた、というサイコーの反応が気になりました。以前にファンレターからアイデアを借りる場面があったり、票数でしか読者を見ていないフシがあったりして、サイコーは読者を大切にしていないのかな……。
ライバルは 亜城木夢叶です
このページの上半分に描かれている 2 人の表情は、いろいろな解釈ができる。
エイジからのライバル宣言を受けて、サイコーは誇らしげな表情に見えます。一方の亜豆は、なんだか寂しそう。亜豆にとって新妻エイジは、「恋のライバル」なのかもしれません。
それにしても、はっきり言った
と叫んでいるサイコーの顔は、ちょっとヘンですよね。ここはエイジのように「(キリッ」とした表情が似合いそうな場面です。
どうも小畑さんは意図的に、「サイコーは肝心なところで表情が作れない」という描き方をしているように感じました。初めての新年会で、「マシリト」に川口たろう先生のことを話す場面(『バクマン。 5』)のころから、サイコーの変顔グセが見られる。
これはおそらく、サイコーが人見知りをする性格だからでしょうね。しかしそれをマンガ絵で表現しようとするとは……。小畑健さんの画力があってこそ、初めて成り立つ絵の崩し方ですね。
結婚して 生活があるのに
シュージンとカヤとの生活を考えると、せっかくの連載マンガを簡単にはやめられない。ここが最大のジレンマです。
最近の亜城木夢叶にかつての勢いがなくなってきたのは、この「シュージンは生活のためにマンガを描いている」ところが原因ですね。そうすると、けっきょくは「カヤのせい」になってしまう……。なんとかして、マンガの質と新婚生活が両立すると良いのですが。
すべてを考え合わせた上で、亜豆が出した結論が見事です。「他人事」だから言っているのではなく、亜豆がサイコーの立場にいても、『タント』をやめるでしょう。サイコー以上にガンコで意地っ張りな亜豆は、決断も早い。
──亜豆はいい奥様になれそうですね。