『バクマン。』 29 ページ 「文学と音楽」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 16 号)
今週号の最後に、また新しいキャラクタが登場する。
このブログで何度も書いているが、『バクマン。』はバトルマンガと同じような構造だ。ライバルあり挫折あり、新展開に新キャラの登場──どれも、バトルマンガと似たような演出に(おそらく意図して)なっている。
ちょうど今は、「金未来杯編」に入ったところだ。そりゃ、新しい登場人物も出るだろう。
ところがこの人物は、サイコー・シュージンのように「マンガ命!」ではない。売名のためにマンガを描くのだ。
そして、その態度以上に、このキャラクタには問題がある。自分には、集英社と読者に対して、作者が挑発しているように見えるのだ。
どういうことか──は、ずっと下のほうで書く(いつものとおり)。
ぶっちゃけた 言い方
金未来杯の 4 作品を読んだ服部の感想が意外だった。
てっきり、「君たちの作品が一番面白かった」くらいの評価かと思いきや、皆 甲乙つけがたい力作
とのこと。これは、激戦が予想される……! 燃える展開が続いて面白い。
服部の魅力である「ポロリ」を、また、やってしまった(ポロリと本音を言う、という意味)。
『カラフジカル』を服部は評価していない。服部の言い方からすると、面白い・面白くないという次元とは違うところで、この作品には負けて欲しくない
と思っているようだ。なぜだろう?
このすぐあとで、読者には『カラフジカル』の作者が明かされる。馬飼野康二──ではなくて、間世野 昂次(まかいの こうじ)はマンガ家志望ではなく、ミュージシャン(アーティスト)であることが分かった。服部も、このことを知っていて、彼の作品を認めていないのだろうか。
1 番を 獲ります
サイコーにとっては、金未来杯に誰が出ようが、関係ない。アンケートで 1 番の評価を得て、新妻エイジに追いつくことしか考えていないのだ。
──という、ジャンプの主人公らしい態度なのだが……。背景に浮かぶエイジは、なぜか間抜けな表情・ポーズをしている。サイコー自身もヨロヨロで、今週号の 1 番の見せ場のはずが、笑える場面になった。
服部から見たサイコーは、得体の知れない存在になっている。服部は、サイコーとのことを、すこし不気味に感じているはずだ。
そう、このマンガでは、話す対象や状況によって、人物の描写を意図的に変えている。
シュージンと学校にいるときのサイコーは、ぶっきらぼうながらも、普通に高校生の友だち同士のような会話をする。仕事場で作画中は一変し、シュージンに厳しい意見を言う。見吉が近くにいると、最近は少しだけ優しい表情をするようになった。
ほかのキャラクタも、その場にいる相手によって、表情を変化させている。現実の世界では ごく当たり前のことだが、創作物──とくにマンガでこのような描写は珍しい。「誰に対してもピカチュウ」状態なのだ(「なん……だと…… !?」のほうが分かりやすいか)。
1 番を獲りにいこう !
エイジの作品がアニメ化されたことを知って、同じように先を行く亜豆のことを、サイコーは思い浮かべる。
ここで面白いのが、エイジのことを思うときは変な顔(しかもコピー)で、亜豆は「思い出フィルタ」がかかっているのだ。亜豆は もともと美人なので、「想像の中では美形」という表現には なっていないが、サイコーの中では美化されているのだろう。
天才・新妻エイジは、はるか先へ行ってしまった。それでもサイコーとシュージン・服部は、エイジを追う。
あらためて言うまでもないが、「エイジに追いつき・追い越すこと」と、サイコーたちの夢とは、同じではない。たとえ 2 番手だろうが、そこそこ売れて 18 歳までにアニメ化すればいいのだ。それだって、やや現実味がないくらい、スゴいことである。
──しかし、そんなことを目指す主人公は、いないのだ。読者も支持しない。
「3 年後には 新妻エイジを 追い抜いていると
」──そう語ったことを、服部は打ち明ける。服部には先見の明があった、と本当に言えるように、サイコーとシュージンには がんばって欲しい。
このガッツポーズと「ははは」と笑う服部の顔が面白すぎる。作者──どちらかというと小畑さんが、服部をどういうキャラクタへ持っていきたいか、何となく見えてきた。
──服部は、「バクマン。」のマスコットキャラです(えー)。
KOOGY 音楽活動休止
まったく意識していなかった『カラフジカル』の作者・間界野昂次は、ミュージシャンであることが分かる。
「田島昭宇キャラ、キター」と思ってしまった。そういえば、田島先生と小畑健先生・浅田弘幸先生はお友だち(「水瓶 3」のメンバ同士)なのだ。少なからず、KOGGY のキャラクタデザインは田島先生(先生自身もアクセサリィ好き)を意識しているのだろう。
さてはて、たいていの読者は間界野の正体を見ても「ふーん」で終わっただろう。「ふ」の付く女子が喜ぶくらいか。
しかし、これは原作者からの挑戦状である。これからの展開に注目すべきだ。
ジャンプのアンケートは、当然のことながら「面白い作品」を読者から知るために行なっている。しかし、「作者が好き」だから入れる、という人もいるはずだ。アンケートの結果には、そのことは表われない。
──そう、人気のカリスマミュージシャン・KOGGY のファンが、大量にジャンプを買って『カラフジカル』に票を入れる、という展開が見えるのだ。
はたして、アンケートで票を 1 番集めた作品は、1 番面白いのか……。
これは、ジャンプのアンケートシステムに対する最大限の批評である。
某・マンガ編集部が舞台のマンガ(ネタバレ防止)にも、似たような展開があった。マンガ家の家族が、町中(村中?)のマンガ雑誌を買い占めて、アンケートハガキを送る。それを読んだ編集者たちは、感動して涙を流す。──美談として描かれているが、「面白いマンガ雑誌を作る」という目的からは、外れている。
これは難しい問題だ。「面白いマンガ」と「読者が望むマンガ」の、どちらを優先するか……。
そこにどんな意志があろうと、「読者」とはマンガ雑誌を(1 冊でも多く)買ってくれる人、でしかない。アンケートハガキを出すためだけにジャンプを買って、あとは捨てても、集英社の利益につながるのだ。例の「ビックリマンチョコ問題」に通じる物がある。
ビックリマン: ビックリマンチョコと社会問題 – Wikipedia
──などと重苦しく考えているが、あっさりと「こんなの(ワタシの)KOGGY じゃない!」「えー、マンガって、オタクが読むんでしょ(笑)」「KOGGY オワタ」とか言って、ファンに見放されたりして……。
