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増田

増田は、たまに感動したり、ドキドキしたり、心を抉(えぐ)られたりする(これ全部、ほとんど同じ意味だけど)。

増田とは - はてなダイアリー

匿名だから書けること、というのも確かにあるのだな、と思う。──けど、よく考えると、匿名でウェブに書き込みをしたことって、ほとんど無いことに気が付いた。うーん、どことなく、後ろめたさ(誰に?)を感じるからかな……。

下記の増田は、自分の実体験と重なる部分があって、ガツーンと来た。

はてな匿名ダイアリー > (無題)

数ヶ月間日雇いだけで生活していたことがある。あの空間は異常だった。

八時間勤務で八千円程度の仕事を二連続、下手したら三連続とか入れる癖に、パチンコに千円札を突っ込み続けることを全く疑問と思っていない人たちが居た。

そしてタバコを日に一箱吸い、酒を飲み、一食(コンビニ)で千円使うことを何とも思わない。

そして宿がないため派遣事務所の床で寝る。

将来に対してまともな計画を持っている人間は一人もいなかった。

はてな匿名ダイアリー > (無題)

そう、自分も一年間ほど、日雇い派遣の労働者でした。しかも、グッド■ィルの……。いま思い出すと、ドンだけピンハネされていたか──、とウツになるので、思い出さない! 「考えない勇気」発動 !!(そうじゃないと、マジで落ち込む 5 秒前)

ref.: 「考えない勇気」を持てば、頭がスッキリ! - ココロ社 ♪ほのぼの四次元ブログ♪

ということで、ここからは、日雇い派遣労働の是非を考えたり、労働者の待遇の改善案をいくつか出したり、また、実際に日雇い派遣で働いている人の声を取り上げたり──

──というのはエラい人に任せて、自分の思い出話を語ります。

日雇い労働の思い出話

日雇い派遣に登録していたのは、わずか 1 年ですが、多くのことを学びました。ひと言で言うと、

「アレが耐えられたのなら、何でもできる」

ホント、自分にとっては日雇いの肉体労働は、大変だった思いしかありません。

そういえばなぜ、そんな大変な仕事をやっていたのかな、と半生を振り返ってみました。

学生時代

そもそも事の始まりは、「中学を卒業すると、高校に行くか働くか、ほぼ二択」という世間の常識を知らなかった、中三の asiamoth 少年の存在からでした。

おかげで、「家から一番近い」という理由だけで工業高校に入り、嫌々ながらも卒業するころ、「高校を卒業すると、大学に行くか働くか、ほぼ二択」という現実を、やっぱり意識しておらず、なぜかファッション専門学校へ。

ゲーセンでバイト時代

専門学校は 1 年で「自分の中で卒業」し、ゲーセンでバイトを始めたのが、ハタチのころ。

以後、ビックリすることに 7 年間もゲームセンターの店員(途中で準社員になった)を続けるとは、夢多きハタチの asiamoth 青年も、思いもよらなかったことでしょう。現実って、しょっぱいね。

レストランで修行(?)時代

さて、いよいよ「ヤバいなー」と気付いた(でも何がヤバいのかは知らない)自分は、何となくゲーセンを辞めて、レストランで修行(という名のバイト)を始めました。

しかし、経費削減のために「長期・自宅待機」を言い渡され、自分から辞めました。けっきょく働いたのは、一か月くらい。

──いま思い返すと、女子スタッフ全員のお尻を触っていたことも原因のような、そんな気のせいもしたり(その頃はモテてたんだぜ)(でもセクハラはイクナイ!)。

日雇い派遣時代

あと、とある事情で、少し借金ができていました(この話も愉快なので、また書こう)。

──で、お金に困った末に選んだのが、手っ取り早くお金が手に入る、日雇い派遣の仕事。いろんな仕事をしましたが、印象深いのは、工場への派遣。

地元の三重県では超・有名な、シャー■の亀■工場。ちょうど、その土台を組んでいる時代に、日雇い派遣を始めました。一度だけ、工場の仕事が入ったのですが──その仕事は、三日も耐えられませんでした。

クリーンルームという、精密機械を扱う部屋は、ホコリの侵入を徹底的に防ぐ必要があります。自分が派遣されてきたときは、その部屋を組む前の段階、鉄骨が丸見えで床もまだできておらず、照明もないのでものすごく暗い。

──そんな、「将来のクリーンルーム、という名の廃墟」状態で、自分が何をしたかというと、

床下になる部分の鉄骨を、紙でひたすた磨く

という仕事です。延々と、昼食時を除く、8 時間。

──いやいや、壁も床もできていない段階で、「床下」をキレイにする必要、あるの? オレ、工業高校の出身だけど、そんなの教科書に載ってなかったわー。乱丁本だったのか? てか、壁を張るときに、ホコリが立たない?

ほとんど真夜中みたいな暗い空間で、合計 8 時間も「床と対話」していると、うっかり悟りを開いてしまいそうでしたよ。

──いや、そこで悟って「日雇い派遣は辞めよう」と決断すれば良かったのですが……。

その後も、定番の「引っ越し」をした初日に、

「住人の自家用車の上に物干し台を倒して、10 万円を請求される事件(派遣会社が払った)」

とか、

「別の引っ越し会社の社員に、物陰でイジメられるオレ(明らかにヘタレっぽい社員で、社内でイジメられている憂さ晴らしかと)」

とか、

「1 日中、パチンコ台を組み立てる仕事(これは楽だったけど、部屋が乾燥しすぎて顔がパサパサ)」

とか、けっこうネタになる話も多かったです。

──しかし、あんまり思い出したくないので、また機会があれば……。

まとめ

まとめようにも、書いているうちに暗くなってきた……。本当に、自分の中で黒歴史だ……。

いや、コレを(うっかり)読んでいる人の中には、日雇い派遣や肉体労働の仕事を、誇りを持って働いている人もいるでしょう。

しかし、自分は、二度とイヤだ。というだけです。

ただ──、目の前のお金だけを目当てに生きる、というのはリスクが高いよ、とだけ言いたい。足や手の骨を折っただけで、働ける仕事が減りますからね。そして、負傷をする機会は、ものすごく多い、と実感しています。

冒頭の増田に対して、「派遣をやっているから心が荒む(すさむ)」という部分にツッコミを入れたり、「『半年で抜け出す』方法を書いていない」とか書いている人がいますが──

それを書いているのが学生やニートだったら、「分かったから、その鼻の下のケツの穴をふさいで、派遣会社に登録してこい」とまでは言いませんが(チキン)、まぁ、世間は広いんだよ、と。

相変わらず、何を言いたいのか分からない記事でしたが──。いま、デスクに向かって仕事ができている幸せを、噛みしめています。しかし、そろそろ次の仕事を探さないと……。

(あと、蛇足。コレを読んで「リア充じゃねーか」と思う人と、「……底辺」と思う人と、半々くらいを狙って書きました。どうかな……。)

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