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『バクマン。』 130 ページ 「熱と灰」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 22 号)

Vina Karaoke Bar
(むしろカラオケのために海外へ──もアリ?)

自分は、「勝ち組」「負け組」という言葉が嫌いです。そうやって、他人をカテゴライズする人がイヤだ!(──と他人をカテゴリィに押し込めているワナ)

読者からすると十分に成功している・成功し続けているサイコーが、今回は「負け組」に見えてしまいました。遊び方を知らないオトナって、なぜだか哀れな存在に思われるんですよね。

幸せって、なんだろう……。

それに 行く暇がない

上ではサイコーの肩を持つようなことを書きましたが、「遊びに行こう」と誘っているのに、暇がないなんて言われたら、誰でも引いてしまう。「誘った自分は暇人なのかよ!」と思ってしまいます。

サイコーは、遊び方ではなく、付き合い方を知らない。

コミュニケーションが上手な人──シュージンとカヤが近くにいて、たびたび彼らが仲介役になるので、サイコーは人付き合いが苦手なままなのです。高木夫婦は、サイコーの親代わりみたいに見える。

うちの親が羨ましそうに

サイコーが会いたがっていた「ヤマちゃん」こと山下は、大学のコンパにも誘われて、かけ持ちで参加しに来たようです。さらには、一流企業の内定も決まっている。みんなからのウケも良い。絵に描いたようなリア充っぷりですね。

自分から見ると、サイコーも山下も「雲の上の存在」のように見えるけれど、山下が立っている雲は この上なく安定している。サイコーとは大違いなのです。

ここでサイコーが回想している「泣き叫んでいた平丸一也」は、ギャグマンガのような場面だったけれど、当のマンガ家にとっては切実な問題ですよね……。

今回は、全体的に作者自身の苦悩が描かれているのでしょうか。あるいは、マンガ家たちの苦しみを、サイコーで表現しているのかもしれない。


親しかった友人が成功へ向かって行く姿を見て、すこしも ひがまずに祝福するサイコーは、人間ができていますね。彼自身も、夢をかなえるために努力しているからです。

ただまぁ、その親しいはずである山下の近況を、他人の口から聞くまで知らなかった──つまりは、まったく連絡していなかったのは、いかにもサイコーらしい。

5 年後のサイコーは、連載うんぬんの前に、友人は 1 人もいなくなっているのでは……。残るのはシュージンを含めて「仕事仲間」だけだったりして。

いや、さすがに何があっても、亜豆だけは待ってくれるでしょう。たぶん、きっと……。

ひたすらマンガだけ

大昔にサイコーが言っていたことを、山下は ちゃんと覚えていました。「山下は友人を大切にする・人間ができている」ということを、この短いセリフだけで表現できている。さすがです。

サイコーと山下とは小学校 2 年生の時に同級生で、『バクマン。』の「1 ページ」は中学三年生から始まる。それ以降、山下は出てきていない(と思う)。ということは、一か八かの博打…という言葉は、サイコーが小学生の時に言ったのでしょうか?

シブすぎるな、サイコー!

(本編に描かれていないだけで、学友・旧友たちと遊ぶ機会もあったと思うケド)

2011-05-10T21:52:23+09:00 追記

コメントでご指摘いただいたとおり、第 6 巻の回想シーンで、「コンパスを買うために、サイコーから金をせびられる役」として登場していました。すまぬ。

それでも、公開されているサイコーと山下との接点は、小学校の思い出だけですけどね。やはりサイコーは、早熟な「おじさん」思考の小学生だったのかも。

うん ごめん 仕事が……

二次会へは寄らずに 1 人で帰るサイコーのことを、気づかってくれるのも山下だけでした。サイコーは、こういう人との縁をもっと大事にするべきだと思う。

この「みんなが盛り上がっているのに、独り、自転車で帰っていく」というサイコーの姿は、数年前の自分とソックリです。──どこかで見られていたッ !?(ねェよ) 都会だと良いけれど、イナカでチャリは──キツい。


ところで──、珍しくハッキリと飲み屋の店名が描かれていますね。「あれ? 本物は『笑々』だっけ?」と思ったら、そのままだった。このあたりの基準が、よく分かりません(アニメかマンガのスポンサだったりして)。

居酒屋「居楽屋 笑笑」
居酒屋「居楽屋 笑笑」

海外旅行なんて

不幸の始まりは、他人との比較から──といった言葉があります。真理だと思う。

自分の夢に向かって全力で走り続けているサイコーは、胸を張って良いはずです。それなのに、ちょっと「普通の幸せ」を普通に手にしている元・クラスメイトを見て、ゆらいでいる。

そもそも、サイコーが一番 他人と合わなくなってる点は、恋人と気軽に会えない・連絡できないところです。こんな沈んだ気分の時には、亜豆に甘えても良いと思う。せめて、電話して声を聞くだけでも気分が晴れる。──そんなことも、できない。

それって、「つきあっている」のかなぁ……。


遅れてやってきたシュージンとサイコーとの温度が、あまりにも違いすぎます。ここまで惨めに見えるサイコーは、ものすごく珍しい。シュージンとのコンビが決裂した時だって、くじけずに歯を食いしばっていたのに……。

この場面では、「クラス会に参加した・しなかった」という 2 人の差を描いています。しかし──、たぶん、亜城木コンビがそろって出席していても、同じような結末になったと思う。

それはなぜか?

シュージンは、他人と自分を比較したりしない。高校生の時に成績が急に落ちても、小説家としてデビューした岩瀬に再会しても、シュージンは自分で自分を見くだすようなことはしなかった。

それよりなにより、サイコーが落ち込んでいたら、シュージンは彼を気づかう気持ちで いっぱいになるはずです。

サイコーは、いつでもシュージンに支えられている。

その位置は、亜豆美保がいるべきだと思うけれど──。

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