『バクマン。』 147 ページ 「使い捨てと闘争心」 (週刊少年ジャンプ 2011 年 41 号)
七峰の会社の やり方について、編集部での意見は下の 2 つに分かれています。
面白ければ いいってもんじゃ ない
派面白ければ 作り方なんて 関係ない
派
でもじつは、後者の意見は ごく少数なのでした……。
この話し合いを港浦が仕切っているように見えて、なんだかイヤな感じです。班長である相田よりも目立っている。
最近は静かだったのに、初期・港浦の「お調子者」が復活してきましたね。そう見える理由も、あとで書いてみました。
いくら面白くても 載せたくない
以前にキムは、多少面白くなくても 若い人にチャンスを 与えるべき
──とベテラン作家(というか高齢者)を毛嫌いしていました。
バクマン。 #142-4 「新人とベテラン」 若い作家と 4 大少年誌 | 亜細亜ノ蛾
その彼が、ここでは東たちの肩を持っている。
言動が一定していないように感じるけれど、「他人と反発する」という態度が、キムの基本なのかも。
──自分のようにドップリとネットに漬かっていると、「お国柄か──」などと思ってしまう。それはすでに「自分の意見」ではない。洗脳されているなぁ……。
勝手に 描かせてれば いいんだから
山久の意見が意外でした。
蒼樹紅と一緒に作品に向き合い、真剣に打合せをしていた山久が、ここでは楽なほうを取っています。
一方、なんの用意もせず打合せに来て、すべて岩瀬まかせな港浦が、山久を責めている──。
これも、「編集部にいる時には、上の意見と合わせる / 反抗する」態度としては、じつは一貫しています。
「腰巾着と反抗期」というタイトルで一本 書けそう!
近ごろの港浦が静かに思えたのは、打合せの場面が多かったからですね。彼にとって打合せとは、「美女と お茶を飲む休憩時間」なのかも。
マンガ家になろうと 思って努力しても
七峰の やり方に表立って賛成しているのは、山久ひとりだけのようです。ほかは全員が反対している──けれども、じつは意見がバラバラだったりする。
- 服部: システム自体に疑問
- 相田: 必ずヒットするとは限らない
- 吉田: 原作者は 1 人にするべき
- 雄二郎: 若造のくせに生意気だ!
「ジャンプ」編集部も、一枚岩ではないらしい。
相田が言っていることは、(手アカが付いた言葉とはいえ)正論です。金をかけたからといって 常に面白い作品が できるわけじゃない
のも そのとおり。
しかし、シンジツコーポレーションを運用する費用の面まで、「ジャンプ」の編集者が考える必要はないとも思います。そんなことを言いだすなら、「あの作家は(物価の高い)東京で暮らしていけるのか」と心配したほうが良い。
吉田は、作者の思い入れ 個性 生み出す苦労のある マンガの方が 好き
とのこと。普段の彼──平丸との やり取りを見ていれば、よく分かります。
静河流(懐かしい名前だ……)とチャットでしか話していなかった山久に向かって、直接 会って話すべきと勧めたのも吉田です。意外と彼は、昔ながらの やり方が性(しょう)に合っている。
それなのに山久は、吉田のことを進歩的な考え
と思っています。それは、なぜでしょう? いつも吉田が、上の人間に反抗的だからでしょうね。
作家である前に 一人の人間として
佐々木編集長の意見が、ようやく語られました!
──しかし、ちょっと期待はずれだったな……。
マンガは面白ければいいんだ
──と断言していたわりには、七峰自身の人間性や、作品の作り方に文句を付けている。山久がツッコミたくなるのも当然です。
けっきょくは、「ジャンプ」編集部が──つまりは編集長が認める方法で、おもしろいマンガを描く必要があるわけですね。
バカらしい? 何で?
このページで一番の注目点は、新妻エイジが「七峰くん
」と呼んでいることです!
エイジがマンガ家に対して、「先生」や「さん」以外で呼んでいるのは、初めてなのでは? 他人を「君付け」すること自体が、初かもしれない。
七峰は格下なのか……。
自分の作品に 対して 愛のない人
は、エイジが もっとも嫌う対象なのでしょうね。
山久が編集長たちを挑発しています。黙らせようとする港浦よりも、山久の扇動のほうが、編集者たちにとっても意味がある
と思う。
担当の編集者である小杉に最後の判断を任せるところは、「ジャンプ」編集部らしいところです。
