『SKET DANCE(スケット・ダンス)』 第 7 巻「OGRESS」
7 巻の後半では、ヒメコの過去編が描かれた。
スイッチの過去と同じように、まったく笑いのないまま進行する。──と思いきや、ボッスンが出てきてからすぐに「いつもの感じ」の空気になるのが笑えた。
ここにスイッチがどうやって絡んできたのかが、非常に気になる。しかし──それは描かれていないのだ。想像で補おうにも、空白の期間の溝が深すぎる。
「ミステリィの本質は、書かれていないところにある」──というのは今でっち上げた言葉だが、外れていないだろう。ミステリィ・推理物が好きな作者らしく、スイッチがスケット団に入るきっかけの話は出てこない、ということか。
第 57 話 「OGRESS 1」
14 歳のヒメコは黒髪のせいか、より幼く見える。まぁ、数ページもめくれば「いつものヒメコ」が見られるのだが……。
前から疑問だったが、「ケンカに強いヤツ」って、何をどうしたら強くなったんだろう? 生まれつきの体質なのだろうか。自分は拳を振るうケンカをした経験がないので、そもそもケンカの強弱もよく分かっていない。
たとえば、自分は陸上部で短距離を走っていたので「速く走る方法」を知っている。腕の振りや呼吸法など、特別な知識と経験が必要なのだ。バスケートボール部員は、シュートのコツを知っているだろう。
では、ケンカに勝つコツという物はあるのだろうか? 正直、(ヒメコのように)武器を使うケンカ──ルール無用の場合は、常勝は有り得ないと思うのだ。待ち伏せや背後から襲ったりしても、勝てばよいのであれば。
──などと、無知な人間が慣れないことを語っているが、世の中には「本当に強いヤツ」がいることも知っている。たぶん、どうしようもなく飛びつけてケンカが強い人もいるのだろう。
さて、引っ越し直前にワクワク感があったヒメコだが、転校した先で同級生のよそよそしい態度にガッカリする。自分も転校を何回もしたのでよく分かる。──ヒメコのように目立つタイプでもなく、自分からぶつかっていく勇気もなかったので、ドラマティックな できごとは何もなかったが。
元はといえばバラバラに生まれてきた人間が、たまたま同じような年に生まれた──というだけで、ひとつの建物に押し込められる。住んでいた土地と親の都合で、ほぼ一生が決まってしまうのだ。
考えてみると、学校というモノもムチャのある仕組みである。今のところは代わりの施設も少ないし、長く同じ状況で問題も起こっていないようだが、遠い将来はこのシステムもなくなるだろう。最低限のコミュニケーションと自宅学習だけで、教育面は問題がなくなると思う。──そういう時代に生まれたかった。
初登場の加納 ありさ(かのう ありさ)が かわいい。この作者が描く「どこか影のある少女がたまに見せる笑顔」は、暴力的に かわいらしいのだ。
この笑顔にだまされるのだな、と あとから分かるのだが……。
第 58 話 「OGRESS 2」
最初のほうでヒメコに対してイヤミを言っていたホッケー部員が、南場(なんば)グループと加納(あーちゃん)とのウワサを語る。自分の痛みのことは伏せて……。
この子のことが、かなり気になる。ヒメコのように強気のタイプと思いきや、けっこう恐がりだ。ヒメコの凶悪な顔を見て、何度も悲鳴を上げている。──過去のトラウマが頭に過ぎるのだろう。
誰もがヒメコのように強くは ないのだ。痛いのは、こわい。
ヒメコに忠告をした この(名もなき)子が、トラウマを抱えたまま、どんな中学校生活を送ってきたのか。それは描かれていないし、このあとも分からない。
マンガに限らず、こうやって「主役以外の人生」という物を感じることがある。たとえば、ベッカムやイチローと比べれば、多くの人は脇役の人生になってしまう。だからといって悲しむこともないし、何かの批判でもない。自分にとっては、自分が主役である。それに、スポットライトを浴びるような人生を望む人ばかりでもないだろう。
それでも、使い捨てのようなキャラクタの出し方をこの作品で見るのは、ちょっとツラかった。第 1 話からずっと、キャラクタを大事にしているマンガだから。過去編だから仕方がない、と分かっては いるのだが。
目立つ生き方を嫌い、平穏に生きる
を望む人物が出てくる。自分も同じ意見だが、この人のような行動は取らずに済んだ。
強者が弱者を食い物にする、という光景は どこでも見られる。弱者が何らかの力(カネやコネ)で強者を味方につけるのも、よくある話である。いや、社会は「それ」で成り立っていると言えるだろう。
何とも むなしい世の中に感じる。できれば、学校教育で このような社会の中で「ウマく立ち回る方法」を教えて欲しいものだ。上手なお金の稼ぎ方や借り方も教えて欲しかった。──それだと、もっと殺伐とした学校になりそうな気もするが……。
第 59 話 「OGRESS 3」
ついに、「鬼姫」の誕生が描かれる。
悲しいかな、「自然と そうなった」ように見えてしまう。ヒメコからするとケンカの日々は望んでいないのに、暴力が暴力を呼んで鬼姫になってしまった。
転校した先でホッケーをして友だちを作ることが目的だったヒメコが、いつの間にかもう誰も 近寄る者など いなかった
……。悲しすぎる展開である。
ここで、学級委員の高橋 千秋(たかはし ちあき)が登場する。自分も一押しの天然少女だ。彼女の意外な底力が発揮されるのは、おそらく次の巻だろう。ここでファンが急増すると思われる。
読者はスケット団に入ったあとのヒメコを知っている。鬼姫から更正(?)できたきっかけはボッスンだと、誰でも分かるだろう。それなのに高橋を出してくるところが興味深い。
この、まるで「女ボッスン」のような高橋ひとりでは、なぜ鬼姫の仮面を外せなかったのか。それは物語の後半で明かされる。その見せ方が見事だ。
そして、ボッスンとヒメコが初対面する。
第 60 話 「OGRESS 4」
スイッチの過去編では、けっきょくボッスンとの出会いが描かれなかった。やや消化不良に思いつつも、読者に想像の余地を与えたのだな、と思っている。だから、ヒメコとボッスンが出会う場面が出てきて意外だ。
ボッスンは、今も昔もボッスンだった。ヒメコと出会った瞬間に、もうスケット団のメンバのような会話になっている。誰とでも仲良く会話ができるボッスンがうらやましい。
「ポップマン」のキャップをヒメコはボッスンへ渡す。ボッスンのトレードマークは、元々はヒメコの物だったのだ。ヒメコにとっても思い出深い大事なものなのに、渡した理由が悲しい。ボッスンもこのような状況で受け取りたくなかっただろう。
おそらく作者が意図的にデザインしていると思うが、ボッスンの髪型は昔のヒメコとスイッチを足したように見えて笑える。後ろのはね具合が黒髪ショートのヒメコで、頭頂部と前髪がスイッチ──それをもっと強くクセづけした感じ。
ときどき扉絵などでスケット団の 3 人は衣装を交換している。それぞれ、衣装が替わってもよく似合う。3 人ともまるで違う性格なのに、なぜか似ているのだ。お互いの服は替えても、関係は変えられない。離れられない 3 人である。
それだけに、卒業したあとが不安になる……。
ボッスンが廊下で ぶつかった人物は誰か。ファンには すぐ分かるはずだ。小粋な演出である。「セルフライナーノーツ」で、改めて過去編の時系列が作者の口から語られた。第 1 話が 2 年の春か夏だから、この廊下の場面から 1 年ほど あとになるはずだ。その間の「彼」は何をしていたのか……。それはまた、描かれるのだろう。
「ビビって人を 信じられなくなる方が よっぽど不幸だ!
」とボッスンは叫ぶ。だんだんと年を取るごとに他人への不信感がつのる自分には、痛い言葉だ。耳と心に響く。
ボッスンのように友だちを裏切らない人がそばにいれば──と思った人も多いだろう。しかし、それには、自分から人を信用するほうが先だ。自分も、もう一度ひとを信じてみよう、と思った。
第 61 話 「OGRESS 5」
戦うヒメコと推理するボッスンが登場する回だ。もうすでに、スケット団の原形ができている。
この回の最高に面白い点は、ボッスンの活躍ぶりだ。
公園に駆けつけたボッスンは格好良かったが、すぐに表情が崩れる。それはお約束として──。よく見てみると、ボッスンは直接は高橋さんやヒメコを助けていない。応援しているだけだ。
ボッスンが人に与えられる最大のものは、勇気だ。ボッスンの力は、腕力ではない。
結果的にボッスンのパチンコのおかげでヒメコは助かった。しかし、ボッスンから勇気をもらっていなかったら、鬼姫であることがバレなくても、また心を閉ざしたかもしれない。
第 62 話 「OGRESS 6」
ヒメコが鬼姫と知ったあとの、高橋とボッスンの反応が面白い。
高橋のように、友だち付き合いをやめない、という態度はよく分かる。しかし、ヒメコが鬼姫だと校内に広める、とボッスンは言う。みんなに 受け入れさせる
ためにだ。この考えは思いつかなかった。
ヒメコのように自分の正体を隠したり、高橋のように気にしないように付き合っても、いつかは人に知られるだろう。そのときに、隠していると余計にヒメコが傷つくことになる。
「お前の強さは 在っていいんだ
」とボッスンは言う。どうしても暴力は良くないものと決めつけてしまうが、使い方しだいである。
ボッスンとヒメコのやり取りを見ていると、なんだか椿と会長との間でも同じような会話があったのでは、と思った。
ヒメコの強さが必要だと言うボッスンは、スケット団──居場所を用意する。
少しだけ意地の悪い見方をすると、ここまで丁寧にスケット団の結成を描いていても、まだボッスンが人助けをしたい理由が見えてこない。ボッスンの子ども時代に何かがあったのだろうか。ひょっとして、ヒメコと同様に「ポップマンが好きだったから」なのだろうか。病院へ向かう途中でリーゼントで学ランの人に助けられたのかもしれない(元ネタを知らない世代がいそう)。
さて、並の作家であれば、「ということで鬼姫は いなくなり、更正したヒメコは黒髪に戻しました」とするところだろう。実際にはヒメコの金髪を変えていないところが面白い。
ヒメコとスイッチの過去編が終わった。ヒメコは金髪でスティックを振る続けているし、スイッチは しゃべらないままだ。
それではいったい、過去から何が変わったのか。
──2 人に居場所ができた、ということだろう。
その場所を作った張本人であるボッスンは、どのような過去を持つのか。今後、描かれることに期待する。