小畑健一覧

バクマン。 #25-1 「嫉妬と愛」 走るサイコーと揺れるシュージン

『バクマン。』 25 ページ 「嫉妬と愛」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 12 号)

moleskine cover (by SlipStreamJC) (by SlipStreamJC)

今回も『バクマン。』は最高に面白かった! ただ、その核心部分を語るまではまだまだ先だ……。

サイコーは小学校の時 ほぼ 6 年間 暇さえあればノートに マンガを描いていたそうだ。「1 ページ」の冷め切ったサイコーからは想像することが難しい。

「どうしてそんなに打ち込んでいたモノをやめられるのか」と若い人は不思議に思うだろう。オトナになってからも同じことが言える人は、ちょっと、尊敬する。それだけ何かをずっと続けられた、ということだろうから。たとえその何かがゲームでもマンガでも。

自分は──そうか、中学生のころから「週刊少年ジャンプを毎週買う」があったか。それ以外には、続けていることはない。何も──ないのだ。

小学校の低学年のころ、当時は高級だったパソコン(正確にはマイコン・PC-8001mkII)を買ってもらってから、ずっとゲームが好きだった。ハタチを過ぎてもゲーム好きは変わらず、7 年もゲームセンタの店員として働いたほどだ。

それが──急にゲームへの情熱が冷めた。冷めてしまうと、なんと下らない時間を過ごしたのか──とさえ思う。ゲームに費やした時間やお金を、もっと有意義なモノに使えば良かった、と思った。「有意義なモノ」が何かは分からない(だからゲームをしていた)のだが……。

最近になって、急にゲーム熱が出てきた。なんのきっかけもなく、唐突に。去年の後半は、ずっと「DOOM 3」用の改造マップで遊んでいた。

Fragging Free – Doom 3 RoE を作り替えた Mod : 亜細亜ノ蛾 (何度もこのブログで宣伝しているが、日本でのプレイ人口は一桁なのでは、というくらいネットでも情報を見かけない……)

なるべく正直に語った(また自分語り)が、意図的にまるで「恋愛の話」に聞こえるように書いた。そう、好きなことに根を詰めることは、恋愛に似ている。だから──いったん好きになった以上は、そこから離れても無駄な時間とは思わないようにしよう。相手が物でも人でも、一緒に過ごした時間を大事に覚えておくべきだ。

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バクマン。 #24-4 「ノートとキャラ」 再出発のサイコーと物語の力

『バクマン。』 24 ページ 「ノートとキャラ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 11 号)

spoony (by soniczen) (by soniczen)

「物語」というモノに対して失礼な描き手や読み手がいる。残念なことだ。

昨日の話とカブるけど、「作中でこう書いてあったから、作者もこう思っている」という読み方や、「主人公が良い気持ちになったから、オマエも良い気持ちだろう」という描き方は、度が過ぎると良くない。物語はそんなに安っぽくない。

なんというか──「商品をオイしそうに食べるタレントをアップで撮って、オイしそうに見せる CM」のような安易さを自分は感じるのだ。「食い方だけやん」と突っ込みたくなる。便秘薬の CM で「実際に出ている映像」を流すような下品さがそこにはある、と思う(どんなにムチャクチャでも思うことは勝手だ)。

それとも、作品に対する自分の態度が異常なのだろうか?

自分の知り合いに、『バクマン。』の登場人物がいたらイヤだ。亜豆とは、知り合っても話ができないだろう(向こうが恥ずかしがるから、としておこう)。見吉も──たぶん、相手にしてくれないはず。唯一、服部だけは一緒に酒を飲みたい人物だ。──けど、マンガ家でもない自分とは、話すことがないだろうな……。

書いていてウツになってきたが、とにかく、『バクマン。』の作中で知り合いたい人物は、いない。それでも、『バクマン。』という作品は大好きだ。

サイコーとシュージンを応援するし、見吉は かわいい。福田や服部を格好いいと思うし、中井のデビューにも期待している。あと、エイジと亜豆は、2 人とも「雲の上でフワフワしている感じ」がお似合いに感じてしまう。雄二郎──誰それ?

今週号のある一場面を見て、「共感なしに感動する」という感覚を再確認した。それについては、またのちほど……。

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バクマン。 #24-3 「ノートとキャラ」 男のマンガと本当のプロ

『バクマン。』 24 ページ 「ノートとキャラ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 11 号)

teensy trick-or-treat (by Liquid Paper) (by Liquid Paper)

あらゆるところで本末転倒が起こっている。

このブログも、いまは味も素っ気もないデザインをしているが、リニューアルに向けて裏では作業を続けている。

──約 3 年ほど(!)。

みなさんが使いやすいサイトにするために、作業を始めたのだが、その間に MAQUE(懐かしい!)と Vicuna という素晴らしいテンプレートがリリースされる。大喜びでカスタマイズしているうちに──数年が過ぎた。リニューアルのためのリニューアル作業が、いまもこれからも続くのである……。

Vicuna – Movable Type テンプレート

今週号の『バクマン。』では、ジャンプ編集部はアンケートを取るだけになっているのでは、というエイジの指摘があった。これも本末転倒だ。

まぁ、このあたりは、結果よりも過程を大事にする日本人の国民性、なのかもしれない。そういえば、『さよなら絶望先生』でも「とにかく 良くも 悪くも 日本人は 過程を 重んずる 民なのです!」という話が出てきたな──と、さりげなく宣伝する(さりげなく?)。

138話『曰く、過程の幸福は諸悪の本』 – 久米田康治ワールド Wikiサイト

photo

さよなら絶望先生 第14集 (14) (少年マガジンコミックス)
久米田 康治
講談社 2008-07-17

さよなら絶望先生 第15集 (15) (少年マガジンコミックス) さよなら絶望先生 第13集 (13) (少年マガジンコミックス) さよなら絶望先生 第12集 (12) (少年マガジンコミックス) さよなら絶望先生 第11集 (11) (少年マガジンコミックス) さよなら絶望先生 第10集 (10) (少年マガジンコミックス)

by G-Tools , 2009/02/12

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バクマン。 #24-2 「ノートとキャラ」 福田の意見と雄二郎の正論

『バクマン。』 24 ページ 「ノートとキャラ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 11 号)

Frenchie Bone-a-Part (by akahodag) (by akahodag)

物語の中に描かれたキャラクタのセリフを、そのまま作者の意見として取るのは問題だと思う。

それでは、鳥山明さんや冨樫義博さんは「ちょっぴりエッチでバトルマニア」になってしまう(『てんで性悪キューピッド』って知ってる?)。尾田栄一郎さんは(現実世界の)海賊を応援していることになる。──という冗談はさておき……。

今週号の『バクマン。』では、福田がジャンプのシステムに対してかなり突っ込んだ意見を編集者にぶつけている。そこに作者の見解は入っていると思うが、「福田 = 大場」と 100% 信じ込むのは危険だ。

この福田と雄二郎との会話を聞いて、「大場つぐみは福田と同じようにジャンプに対して不満を持っている」と思う人は多いだろう。なぜなら、福田のセリフを考えて書いているのは大場さんだからだ。しかし、その考え方が通用するならば、雄二郎の言い分──「編集者のやり方に口を出すな」も大場さんの意見として見なければ公平ではない。

「あくまでも大場さんの意見は福田と同じで、それに対する編集者の反応を象徴しているのが雄二郎だ」という見方はいくらでもできるが、少しゆがんだ考えにも思える。それに、実在する「服部雄二郎」氏と雄二郎は同じ名前だから、同じ意見だろう、となってしまうのではないか。

もちろん、福田の意見が自分の考えとして見られることを、大場さんは熟知した上でネームを描いたはずだ。『バクマン。』をただの「バクロ・マンガ」として読んでいる人も、想定の範囲内だろう。そして、どの程度まで再現されているかは知らないが、そのネームがマンガとして週刊少年ジャンプに載っている事実もスゴい。ジャンプの懐の深さを感じた。

ただ、意地の悪い見方が好きな自分からすると、「この程度までならジャンプ誌上に載せられるのか」と少し思った。もっとヤバいこともあるのだろう。──『NINKU -忍空-』の作者とか……(「にんくう」が「人喰う」と変換されて、ある意味では合っている、と思ってしまった)。

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バクマン。 #24-1 「ノートとキャラ」 エイジの 1 番宣言と不公平

『バクマン。』 24 ページ 「ノートとキャラ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 11 号)

All You Need Is Love... (by carf) (by carf)

自分がブログを始めたきっかけは、そもそもウェブデザイン──というか CSS を学ぶためだった。次第に Movable Type(このブログを動かしているシステム)へと興味が移る。ブログの記事を書くことよりも、デザインを触るほうが ますます好きになった。

そうなると、記事が書けない。ウェブデザインは人のマネしかできず、自分には積極的に打ち込んできた物がないからだ。困った。

そうしている間にも、毎週、ジャンプは買い続けていた。中学生のころから欠かしたことがない。このブログを始めた 2004 年には『DEATH NOTE』と『HUNTER×HUNTER』・『スティール・ボール・ラン』・『武装錬金』が同時に載っていたのだ(いま、書いていて自分でも驚いた)。1 冊 1,000 円でも惜しくない。

自分は、ほぼ毎日のようにジャンプを繰り返し読んでいる。同じマンガの同じページを何回も何回も開く。

──時は流れて、いつの間にか、このブログの中心はジャンプマンガの感想になっている。どう考えても必然の成り行きなのだが、ブログを立ち上げるときにジャンプの感想を中心にしなかったのは なぜか、自分でも不思議だ。

それだけジャンプにベッタリくっついてきた半生のせいか、あまりジャンプに不満を持ったことがない。ほかのジャンプ読者は、不満を持ったまま読んでいるのだろうか?

「24 ページ」では、ジャンプのシステムに対する不満が語られた。ジャンプ内外に大きな波紋が広がるだろう。これが良い刺激になって、より面白いマンガが生まれることを望む。

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バクマン。 #23-4 「天狗と親切」 中井のグチとサイコーの野心

『バクマン。』 23 ページ 「天狗と親切」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 10 号)

broken glass (best large)

悪い男はモテると聞く。本当だろうか。

亜豆の母親も「女の子って 少し悪いくらいの 男の子の方が 気になるものよ」と語っていた。うなずく女子も多いだろう。

しかし、イマドキは盗んだバイクで走り出すなんてハヤらないし、暴力事件を繰り返す男に惚れるのは、一部の女性だけだ。あと、「掲示板に○○予告を書き込み」などという行為は、「悪(ワル)」じゃなくて「頭が悪い」だけなので勘違いしないように。

ようするに、程度の問題である。しかし、その「ほどほどのワル」に振る舞える器用さって、頭が良い人間しかできない気がするのだが……。これだけで面白い記事が書けそうだが、不良の方面にはウトいので、誰かに任せよう。

さて、女性の「いつまでも夢を追いかける男性はステキ」なんて言葉も要注意だ。万年平社員が「いまでもパイロットになる夢を捨てきれない」などと言いだしたら、ちょっと精密な健康診断に行かされるだろう。これまた、程度と「誰の発言か」が重要である。

そう考えると、女性が男性に持って欲しい夢って「ワタシを満足させる・楽しませる・養うことができる夢」ということだろうか。「都内に一戸建て」みたいな。

『バクマン。』には夢を持った若者たちが何人も出てくる。そんな中で、中井は浮いて見えるのだが、少しだけ彼の存在について考えてみた。

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バクマン。 #23-3 「天狗と親切」 エイジの答えと福田の気づかい

『バクマン。』 23 ページ 「天狗と親切」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 10 号)

水戸黄門御一行@円頓寺七夕まつり (by yamakazz) (by yamakazz)

何事も基本が肝心である。

マンガを描くときの基本は、言うまでもなく、自分が読んで面白いマンガを描く──のではあるが、読者がついていけない内容では困る。福田が言う自分だけが楽しんで描かず 読者の気持ちになって 描く! はプロの基本条件だ。

しかし、その基本がまた、難しい。

読者のことばかりを考えて、自分が描きたくもないマンガを続けると、ストレスが溜まる。

これは、マンガ家だけではなく、ほかの作家やブログ書きも持っているジレンマだろう。好きに書きたいが、読者のことも放っておけない……。

何を書いても喜ばれるような「アルファ」な人なら、話は別なのだが。また、何を言っても批判を浴びるようになったら、それはそれで楽だろう──って、そうでもない?。

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バクマン。 #23-2 「天狗と親切」 2 人の助言とネームが面倒な天才

『バクマン。』 23 ページ 「天狗と親切」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 10 号)

strawberry parfait (by open-arms) (by open-arms)

人間は自分に興味があることしか見ない

『可愛い写真を撮るには』 / 目と脳で見た物が違う : 亜細亜ノ蛾

自分の経験だけから話すと、「見えない」のでも「見たくない」のでもなく、本当に「見ない」のだ。意識的に無意識が興味の外を遮断する。

たとえば、戦争。または、痛ましい事件。

つい先日もそのようなニュースを「見た」気がする。「見たくない」のならチャンネルを変えれば良かったはずだ。でも、見た。その上で、自分の意識も無意識も、その悲惨な映像を「見なかった」。眼球には映っていたと思うのだが。見たはずの記憶も、いまでは おぼろげである。

そうやって、「平和で住みやすく、しかし不景気な日本国」を自分は見ている。不景気の割りには、毎日の食と職に ありつけていることを不思議に感じつつ──。には縁遠いことを不満に感じつつ──。

なんの話だっけ? ──そうそう、「エイジは打合せとネームが嫌い」という話だった。やはり人は、自分に興味があることだけを見たいものだ。

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バクマン。 #23-1 「天狗と親切」 クロウの活躍とテキトーな雄二郎

『バクマン。』 23 ページ 「天狗と親切」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 10 号)

Nirvana......... for Babies (by abrin523) (by abrin523)

本作品で言われている「王道バトルマンガ」の中でも、生き残る作品とはどんなものか。

超人的な強さを持った戦士が超人技を駆使した超人バトルを繰り返したり(「強いから強い」理論)、美形な戦士がスタイリッシュに戦ってばかり(「格好いいから強い」理論)、というマンガは すぐに飽きる。

何か、もうひと味は欲しいところだ。そのひと味にこそ、作者の力量が見られる。

かといって、「意表を突く展開」や「意外な一面」として描いたエピソードが、ストーリィやキャラクタを壊してはダメだ。

別のマンガの「石」とか「本物」とかの話はヒドかった。何の伏線もなく、唐突すぎるからだ(昔は面白かったので、それでも今後に期待してしまう)。

『バクマン。』の作者は、キャラクタのさまざまな面を描くのが非常に上手だ。とくに、今週号はキャラクタ描写の見本市のような回だった。

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バクマン。 #22-5 「邪魔と若さ」 『CROW』の未来と福田の批評

『バクマン。』 22 ページ 「邪魔と若さ」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 09 号)

Honmachi, Osaka (by m-louis) (by m-louis)

海原雄山北大路魯山人との関係をご存じだろうか?

こう聞かれると、たいていの人は「雄山のモデルになったのが魯山人」と答えるだろう。海原雄山 魯山人 – Google 検索の結果を見ても明らかだ。残念ながら、それでは 50 点しか取れない(1000 点満点中)。

美味しんぼ』の作中で、雄山の師匠である唐山陶人の師匠として魯山人の名を挙げているのだ。つまりは、雄山の師匠の師匠である。

さて、『美味しんぼ (88) (ビッグコミックス)』に収録されている「器対決!」という話が面白い。対決の場で、雄山ではなく山岡士郎が魯山人の器を多く取り上げ、絶賛する。

器対決!<5> – あらすじ – 美味しんぼ塾ストーリーブログ

普通は、自分の師匠を誉められれば悪い気はしない。しかし雄山は違う。「ばかもの。」と士郎をしかったあと、こう言う。

私は 魯山人の作品を 高く評価するが、 ひいきの 引き倒しは むしろ 魯山人の評価を 低める 恐れがある。

『美味しんぼ』 88 巻 p.193

そして、魯山人の作品が持つ根本的な弱点を指摘する。さらには「魯山人の作品なら 何でもありがたがる おまえたちの態度は 軽薄だ」とまで言うのだ。

そう、自分が尊敬する人物だからこそ、正当な評価をして欲しい──という気持ちはよく分かる。皆さんも同じだろう。

たとえば、『DEATH NOTE』も『バクマン。』も好きだ、という人との会話で「L くんってかわいいよねー」とか「あー、アタシもシュージンと付き合いたいなー」といった方面ばかりを聞かされれば、絶句するしかない。または、『バクマン。』の一部分でしかない「ジャンプ編集部の内面を描く」ところばかりを面白可笑しく評価されても、苦笑するばかりだ。

見当違いの評価をすることによって、逆に作品や人物を低く見られてしまう──自分のような感想書きは落ち入りやすい。気をつけよう。

自分も何度かエイジを「天才だ」と軽く書いてきた。それこそがエイジを甘く見ていた証拠かもしれない。今週号の話では、エイジが今よりもさらに成長する姿が予想できた。生まれつきの才能だけではなく、素直さによって進化するエイジに注目だ。

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