鬼頭莫宏 『なにかもちがってますか

割り箸 いつかは散る──束ねられた魂

なるたる』では偶数巻に悲惨な描写が多かった
一方、『なにかもちがってますか』で大量に人が亡くなるのは奇数巻です。そのように以前の感想に書きました。

さて、あっという間の最終巻(!)です。
奇数巻である第 5 巻は、いったい何人が犠牲になるのか──。

報復の結末

ずっと追い求めていた「ニコのカタキ」が現われます!
そして、本人が望まないままに「母親の敵討ち」が完了してしまう。この皮肉は、作者の得意技です!

また、悲惨な状況に陥った人物は彼女だけでした。
しかも結果は あのとおり。作者も偶数・奇数巻の法則は以前に否定していたように記憶しています。それにしては なんだかスッキリしない終わり方だな……。

創始者の正体

新興宗教の教祖サマとは誰なのか?
「対面した相手のことを当てられる能力者」が本巻で登場しました。しかし、本人は教祖ではないと言っている(ウソをついた可能性は あるが、そうする意味は無い)。

いかにも桜山がアヤシい!
けれども、彼が教祖だったら、ミッツたちの犯行を手伝った意味が分かりません。「じつは多重人格者だった」という逃げ道もある。しかし、ニコのサイコメトリングは ごまかせない。
けっきょく、まだ登場していない誰か、なのか……。

宗教家と神様

宗教の問題点とは何か?
それは「自己批評を許さないこと」だと一社は主張する。また、「自分が間違っているかもしれない可能性を考えられないのが どうしようもないバカだ」ともイッサは言いました。
ようするに、宗教を「バカ発生装置」と見ているわけです。宗教家に とっては、扱う対象に余計な知恵など無いほうが良い。暴論のようでいて当たらずとも遠からずな印象です。

今回のように分かりやすい宗教だけでは ありません。
アイドルたちには「ファン」が いる。会社には「社畜」という信者が、ツイッターには「バカッター」が います。各家庭には独自のルールが決められていて、これも宗教そのものと言える。

自分が信じているモノは つねに正しい。
──ただし、同じ宗教を持つ者の間だけです。


一社は、自己変革できる神様を持つと言う。
信じているのはイッサ 一人だから良い、とのことです。いつもながらの うさんくささで煙に巻かれてしまいました。
──ここで、京極 夏彦氏のデビュー作品から引用してみましょう。

信者が一人もいない宗教人を何と呼ぶか知っているかい? 残念ながら現在ではこれを狂人と呼ぶ。信者あっての宗教さ。

増幅する疑い

第 4 巻の感想で一社の能力について予想しました。
イッサは「能力の発動を助ける能力」の持ち主なのかもと書いている。ほぼ当たっていました!
予想を外すことに定評のある本ブログです(要出典)。しかし、「読んでいれば誰でも分かる」展開くらいは さすがに的中できる。


イッサの能力には いくつか疑問が残りました。
日比野は、一社の命を奪おうとしたことが あります。ところが、イッサに向けた場合だけは能力が発動しなかった。この場面だけなら、「超能力を無効化する能力」にも見えます。

おそらく、イッサの増幅能力は無意識に発動している。
また、ミッツの超能力はイッサのサポートなしには使えない。そのため、一社に殺意を向けられたときには、アンプリファイアの能力を無自覚に止めたのでしょう。


もう一つは、ニコと母親に関しての疑問です。
ニコの母親に対しては、イッサの超能力は悲劇を招いてしまった。この状況を予測して、教祖は一社 高蔵(後述)を消そうとしたに違いない。

ところが、その娘には悪影響がなかった。
近くにイッサやハルがいてもニコは混乱して いません。「母親ほど能力が強くなかったから」でしょうか? それにしても、いつもと比べて能力が増したことに気がついて いない。
高岳 似子は、普段から「魂素」が見えている。一社が能力を高めたら、無数の「割り箸」のイメージで押しつぶされそうになるはずです。そうならなかったのは、イッサが無意識に増幅を抑えていたのかな?

血の つながり

イッサと母親、ニコと母親の能力は同じでした。
また、春とのデート中に日比野は能力を発動している。おそらく、ハルもイッサと同じ能力を持っているのでしょう。

以上から、血縁と能力には深い関係がある
つまり、同じ能力を持つ(ように見える)桜山 幹雄日比野 光親子なのでは? ──「だから どうした」の部分は、これから描くつもり だったのかな……。

おわりに

鶴里 純は考える。
同級生の男の子が不思議なことを言っていた。「狙った空間どうしを入れ替える」。とても信じられない能力の話だ。
ところが、「あの男」は目の前で その力を見せた。その おかげで、私は施設に収容されずに済んだ。でも、感謝はしない。それどころか、ようやく本当に倒すべき「悪」が見つかった。
彼女は、ゆっくりと準備を整える──。

おわりのおわりに

人は、自分の考えや行動を正しいと思っています。
もちろん、あとから過去を振り返って後悔することはある。しかし、現在進行形の言動については、「間違いだと考えながら実行する」ことは できないはず。
授業や仕事をサボったり、浮気や不倫をしたり、殺人を犯したり──。程度や状況は さまざまですが、つねに自分を正常・正当だと信じて人間は生きている。
「あの時はマトモじゃなかった」「私が間違っていた」という言葉すら、そうしたほうが自分に都合が良いから言う。「反省だけなら、サルでもできる。」という CM が ありました。まさに そのとおりで、形だけで懺悔している。
以上は、以前から書いてきた持論です。


リーンカネーションの話が出てきました。
「魂が見える」ニコだからこそ思いついた話です。しかし、無意味だと一社に否定されてしまいました。あまりにも唐突に出てきて、急に かき消された印象が残る。
生まれ変わりは、『なるたる』や『ぼくらの』にも形を変えて出てきた概念です。鬼頭 莫宏作品の特徴と言っても良い。つまりは──。
本作品でも描くつもりで、その前に打ち切【自主規制】

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