『バクマン。』 61 ページ 「同盟と同級」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 50 号)
『バクマン。』本編にも出てくる話です。『ドラえもん』は、シュールでブラックな話
が多いですよね。子ども向けの作品と思って気軽に読んでいると、ちょっとビックリしてしまいます。作者の趣味が、よく出ている。
『ドラえもん』のブラックさをまとめたページがあります。
──あ、間違えた(わざとらしい)。上は「ホワイト」な『ドラえもん』でしたね。ブラックは、下のページです。
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『バクマン。』本編にも出てくる話です。『ドラえもん』は、シュールでブラックな話
が多いですよね。子ども向けの作品と思って気軽に読んでいると、ちょっとビックリしてしまいます。作者の趣味が、よく出ている。
『ドラえもん』のブラックさをまとめたページがあります。
──あ、間違えた(わざとらしい)。上は「ホワイト」な『ドラえもん』でしたね。ブラックは、下のページです。
「恋とは何でしょう」──といえば、有名なジャズの名曲の邦題です。
YouTube – What Is This Thing Called Love
それはさておき(おくのかよ!)、本当に、恋って何なんでしょうね──? 謎です。
「先生……、現実って何でしょう?」(……)
「現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」(……)「普段はそんなものは存在しない」
『すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER』 p.357
──恋も、同じかもしれません。
スーパ面白マンガ『バクマン。』の最新コミックス・第 5 巻が発売され(てい)ました! ──今日の今日まで、買い逃がしていたのです……。
第 5 巻の表紙には、マンガ家にとっては冗談では済まされない状況が描かれています。アシスタントも、インクをこぼした瞬間には背筋が凍ったでしょうね。
どちらかというと、「怒髪天を衝く」な髪型なのはアシスタントのほうですケド。
Reviewer: あじもす @asiamoth,
サイコーが言う子供から大人まで 楽しめる作品
の例として、いくつかの例を港浦は挙げています。しかし、どれもジャンプの作品ではない、というのが悲しいですね。ここで名前を出すとすれば、『Dr.スランプ』くらいでしょうか。
ジャンプに掲載された作品の中で、『ドラえもん』に近い構造を取っているのは、『まじかる☆タルるートくん』と『To LOVEる -とらぶる』です。不思議な道具を使うキャラクタが、主人公の家に居候する、という部分が同じなんですね。
それでも、この 3 作品を「同じだ」と言う人は少ない。それぞれの作品に、工夫が凝らしてあるからです。その工夫の方向性が、ジャンプだと「ちょっとエッチなトラブル」になるのは、雑誌の傾向を示しているのでしょうか。ある意味では、『To Loveる』はコドモもオトナも楽しめるよなぁ……(ゴクリ……)。
いつも、亜城木の 2 人は抜け目がない。
今回、港浦の本気を認めながらも、条件次第では
という前提でギャグマンガを描こうというのです。何から何まで容認したわけではない。本当に、策士ですね。
そういえば、サイコーもシュージンも、恋人とつき合う・結婚する際にも「条件」付きです。マンガ家になることを親から許されたときも、ジャンプで連載するときも、すべてに条件がある。このマンガの裏テーマ、なのかもしれませんね。『DEATH NOTE』といい、ルール好きの作者らしいです。
今回に出てくる、服部から港浦へのアドバイスは、じつに的確でした。
自分の非を早く認めて、誠意をもって謝る
のは、ものすごく大事なことです。そして、なかなかできない。オトナになるほど、謝る機会を逃してしまいますよね。
ところで、「過ち(あやまち)」・「誤ち(あやまち)」と、「謝る(あやまる)」とは、意味が反対の方向なのに、なぜこんなにも似ているのでしょうかね?(聞かれても困る)
今回も面白いぞー(毎週、同じ事を書いている)。
『バクマン。』の連載は毎回 19 ページで、このブログでは 5 ページずつ感想を書いています(4 回目だけ 4 ページ)。その、たった 5 ページの中でも、目まぐるしく登場人物の感情が変化する。静的な場面が多いのに、人物の内面は動的なのです。この作品の大きな特徴ですね。
たとえば──某・忍者マンガの場合は、1 人の人物は、ずっと「同じキャラクタ」なんですよ。最大でも「喜怒哀楽」の 4 パターンしか描かれていない。分かりやすいけど、ちょっと、薄い。それでも、「ギャグとシリアス」の 2 パターンしかない、某マンガよりはマシか──(「なん……だと…… !?」)。
それなのに、場面はドンドン変化させている。某・忍者マンガは、積極的に映画の手法を取り入れているのは明確なのですが、今週はとくに読みにくくなかったですか? 映画と違って音楽も流れないし、絵柄のトーンも変わらないマンガでは、急すぎる場面転換は注意が必要です。
原作者は笑いも描けるのに、作画はギャグを描けない、という話が出てきます。
──これは、『バクマン。』の作者たちの間でも、話し合われたのでは? 大場つぐみさんがネームを書き進めていく上で、小畑健さんにギャグ顔が描けるのかどうか、という部分は避けて通れません。
前作の『DEATH NOTE』も、ギャグマンガとしても読める素質を持っていましたけどね……(おもにコラマンガの職人たちの中では)。
まぁ、『DEATH NOTE』はある意味「硬すぎた」のですが、『バクマン。』ではギャグ絵も描けている。そう考えていくと、港浦がサイコーに言った「ギャグが描けるように努力しろ」という意見は、納得できるのですが──。
年上はエンリョしたい、という平丸は年下に甘えたいんです!
と発言している。
──え、なんで、オレの個人情報が漏れているの !? いつのまにか、大場つぐみ先生がオレの好みをリサーチしていたのか!(なに言ってんの?)
自分は、職場で出会ったカワイらしい年下のコに、ハッキリと「キミに甘えたい」と言ったことがあります(←セクハラ)。そのコは数年前に結婚して、一児の母になりました。いま、自分と同じ職場に復帰しています。変わらぬプリティさなのに、母親──人妻なんですよ! 世の中、なんか、間違ってる!!(←お前の脳がエラー)
──という話とは、まっっったく無関係な本編の感想を書きます。
写真は、ピントが大事です。同じように、マンガにはリアリティが必要だと思う。どちらも、見る者の視線を引きつける。
(もちろん、わざとピントを外した写真や、非現実的な世界もミリョク的ですが……)
写真の焦点は一目で分かりますが、さて、ではマンガのリアリティとは?
──いろいろと考えられますが、自分は、「人物の厚み」だと思います。
人物の描写(つまりは説明)が多ければいい、というわけではありません。「描かれていない部分」も含めて、その人の人生を感じさせるような作品が良いのです。たとえば、この『バクマン。』ですね。