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『バクマン。』 11 ページ 「後悔と納得」 (週刊少年ジャンプ 2008 年 48 号)

今日も感想が長くなった。──『バクマン。』だけに限定しても、すでに 5 万字くらいは感想を書いていると思う。趣味で小説を書く人やプロの作家なら、数日で書く量だろうが──読書感想文が嫌いだった自分からは信じられない。30 年以上「オレ」をやっているが、こうなるとは思わなかった。人生、何があるか分からないものである。

今回の後半は、ジャンプ編集部が舞台になっている。ジャンプの編集部は、大昔のジャンプ誌上で見た覚えがある。最近では珍しいのではないか。──今のジャンプ読者の何人が、昔は表紙に作家の顔写真が載っていた事実を知っているのだろう。世の中、知らないほうが良い物もある。

ところで、引っ越しの日が延びた。そのおかげで、なんとか次回の感想も遅れることなく書けそうだ。「引っ越しって何のこと?」という人は気にしないように……。

「少年ジャンプ」一色

惜しくも手塚賞の入選をのがしたサイコーとシュージンは、編集者の服部と反省会をする。ひょんなことから、三人でジャンプ編集部へ向かうことになった。

川端康成の『雪国』は、国境の長いトンネルを抜けると雪国であったという有名な書き出しで始まる。一方、サイコーとシュージンが集英社のエレベータを降りると、廊下からそこは「少年ジャンプ」一色だった。──並べる意味は、まったくない。ただ、「日常に潜む異世界への入り口」を思わせる雰囲気が似ていた。

服部という男の評価が、自分の中で二転三転している。

サイコーとシュージンの待ち合わせに来た服部は、何も用意せずに手ぶらで来た。さらに、二人を置いて喫煙所で一服している。──この場面を初めて読んだときは、服部の粋な計らいと思った。わざと自分の手違いを装い、二人に編集部を見せたかったのだ、と。二人を放置したのも、誰かほかの編集者と対面させるためではないか、とまで考えた。

──実際には何事もなく、普通に反省会が始まったのには驚いた。そして、あきれた。なんだ、ただ単に「うっかり者でマイペースな服部」だったのか。

いや、ラストのハプニングにつながるので、まったく無意味な展開ではない。いや、それは分かるが……。天下の大場つぐみ先生のシナリオにしては、服部の行動がわざとらしい。絶対に何か伏線が張ってあると思ったのに……。

「ジャンプ」じゃウケない

賞の選考表を元に、服部は二人の作品を改めて評価する。サイコーとシュージンの作品は、マンガ家側と編集部側で評価が分かれているらしい。

『バクマン。』内の架空のジャンプと、現実のジャンプとが微妙に混じってきている。審査員の先生たちは、実際のジャンプ作家たちと同じだ。ただし、名字だけなので「鳥山明夫」先生かも。連載マンガが描かれたコマは、架空の作品だし。

──あ、でも以前に『ONE PIECE』や『BLEACH』の話は、『バクマン。』の中に出てきた。うーん、マンガ内マンガで ややこしい話になりそうだけど、大丈夫だろうか。「うわー、また『HUNTER×HUNTER』休載かよ」とサイコーがグチるシーンが出てきたりして。

マンガ家の評価と編集部の評価が分かれている、という話は興味深い。『バクマン。』の作者から編集部への批評、という側面も少しはあるのではないか。編集部が決めた「ジャンプらしさ」で作品を見る姿勢を批判している──そう読めた。

服部は、シュージンの話作りを認めているようだ。主人公のキャラが弱いというシュージンの弱点も、服部は的確に指摘している。ここだけを見ると、やはり服部は頼れる存在に見えるだろう。ただ──後述するが、まだまだ服部の力量は自分には疑わしく感じる。

伸びしろがある

以前から気になっていたことを、サイコーは服部に聞く。自分の絵はダメなのではないか──。服部は、意外なことを簡単に答えた。

自分は、ミステリィ作品が好きだ(「ミステリ」という言葉で分かるとおり、森博嗣作品が好き)。ミステリィでは、書いてあることを そのまま信用できない。地の文にウソは書いていないのだが(そのはず)、いろいろな手法で読者をだましてくるのだ。プログラムは思った通りに動かない。書いた通りに動くというプログラマの格言がある。ミステリィも書いてある通りのことが起きているはずだが、不思議と読者が思った通りの展開にはならない。──探偵役の助教授と、助手役の女子大生がくっつく──といった予想は当たるけど。

同級生が けなしているのを聞いて、本当にサイコーの絵が悪いと思った人もいるのでは。ミステリィ読みなら、キャラの発言をそのまま信用せず、以前の展開と発言から、サイコーの画力が問題とは思わない。

サイコーを応援している読者と彼自身は、服部の言葉に安心したことだろう。

服部の発言をまとめると、サイコーもシュージンも今のまま成長すればいい、となる。服部が担当になったのは、二人にとって「当たり」なのかも。世の中には、いろんな編集者がいる。当たりが悪ければ、「うちは少年誌だしさ これじゃテーマ暗いよねェ」(『レベルE (Vol.1)』 p.198)などと言われていたかも。

10 年に 1 人の逸材

総合評価が高かった割に、二人は賞を取れなかった。その原因として、運が悪かったと服部は語る。

服部を含め、誰もが認める天才高校生──新妻エイジの名が出てきた。彼が入選と準入選に入ったことで、サイコーとシュージンの作品は選外になったようだ。しかし、エイジがいなくても佳作までだった可能性が高い。選考前の服部の期待通り、ここで入選しなかったのは、二人にとって良かったと思う。

連載する一番の近道

二人を大きく揺るがす事実──エイジが連載の準備をしている、と服部は語る。二人は、エイジに大きく水を空けられた。だが、サイコーは くじけない。

ときどきサイコーは目の色が変わる。その変わり方が──なんというかジャンプマンガの主人公では珍しい。「絶対に自分の信念は曲げない!」みたいな芯の強さを、主人公たちは持っている。サイコーもそれは同じだが──「ふてぶてしい」という表現が似合う顔をする。

「ジャンプマンガの主人公らしくない表情」といえば、夜神ライトもたっぷりと見せた。マンガ家のハードワークの末に、サイコーも終盤のライトのような鬼気迫る表情を見せるのだろうか。──まぁ、そう書きながら半分以上は「それはない」と思っているけど。

編集長 !!

ジャンプ本誌での連載を一刻も早く始める──そこに こだわるシュージンを、服部は一刀のもとに切り捨てる。そこへ、服部を否定する人物が現われた。

「服部ウォッチャ」と化している自分だ。その自分の観察眼によると、服部は「典型的な編集者」の化身に見える。彼自身は、素直で自分の思ったことをすぐに口にするタイプだろう。しかし、編集者としての発言は、すべて彼の内面から出ているのではなく──「ジャンプ編集部箴言集」みたいな物から引用しているように見えるのだ。

二人の作品の評価を一方的に語る服部には、妙な迫力を感じる。──ダウンタウンの浜ちゃんが言う「言い方だけやん」のように、小畑先生の「描き方だけやん」なだけかもしれないが……。ときどき、服部がすべて正しくて、二人は素直に従っておけばいいのでは、と思ってしまう。

そうかと思えば、サイコーのあり得ない発言に対しては、服部が返すのはマニュアルに沿った言葉だ。このあたりが、いい人だけど最後まで信じていいか分からない、という不安を感じる。服部もまた、編集者としての伸びしろがある、と思っておこう。

そんな服部の言うことに対して、

マンガは面白ければいいんだ

面白いものは連載される 当たり前だ

──編集長は言い切る。

考えてみれば、編集長は当然のことを言っている。それでも、少しでもマンガ業界──というか社会を知っていると、服部の言うことを信じてしまう。デビュー前の新人が持ち込んだ原稿が、そのまま連載される──そんなこと、あり得ない、と。

マンガは面白ければいい。読む側では当たり前に思っていることでも、作る側の人間は余計な段階を考えてしまう。最近のジャンプは──と否定的に考えていた自分は、少し反省した。──って、これは『バクマン。』の中のジャンプの編集長の考え方であって……(ややこしい!)。

まとめ

「面白さ」絶対主義 !!という最後のコマのアオリ文も決まっていて、編集長が格好良く見えた。というか、いまさら言うけど『バクマン。』に出てくる主要人物は、みんな生き方が格好いい。中学生でもしっかりとした「自分」を持っていて、余分なモノを削ぎ落として生きている。そう見える。──中高生のころは、もっとグズグズと下らないことで悩んでもいい、と思うが……。

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