『バクマン。』 40 ページ 「海と浮き沈み」 (週刊少年ジャンプ 2009 年 28 号)

Rice Cookies/Okaki (by Ya-ko) (by Ya-ko)

楽観的な人間にも 2 種類いる。

──まわりの人も楽観的にさせるか、不安にさせるか、だ。

残念ながら、亜城木夢叶の担当である港浦は、後者だった……。

サイコーもシュージンも、年齢に似合わずいろいろと先を考えすぎるから、というのもある。しかし、そこまで先読みしてマンガを描かないと、天下のジャンプでは連載を続けられない。

そう考えると、本当に悲観せずに生きていけるのは、新妻エイジのように「才能があって明るい性格の人間」だけなのだろうか。

まぁ、こんな自分でも、貯金が 30 億円くらいあって、恋人が栗山千明様(敬称は「様」以外あり得ない)で、容姿と性格と人望と歌唱力と会話のセンスと吐く息が福山雅治さんだったら、何っっっの不安もなく生きていけるのだが……。

修正がきかない

シュージンは描いたネームをサイコーに見せる。そのネームを見たサイコーの反応は意外だった。なんと、ネームの描き直しを提案しているのだ。

いままで、サイコーはシュージンの話作りに対しては、ほとんど口を出してこなかった。とくにデビューする前は、ネームに納得がいかないまま、サイコーはペンを入れていたくらいだ。自分には、「それならシュージンに言えばいいのに」と思えた。

亜城木夢叶の連載が始まってからは、シュージンの描くネームをチェックする場面自体がない。シュージンと港浦との間で話し合いが済めば、サイコーはそのまま原稿にする──と思わせる描き方だ。

それが、いまになってネームの段階で変更を考えている。しかも、理由はあまり 良くなかった場合のことを考えて、なのだ。サイコーにしては消極的な考え方である。

それとも、アンケート至上主義・10 週打ち切り当たり前のジャンプで連載する以上は、当然の打ち切り回避策、なのだろうか?

コミックスが売れれば

サイコーとシュージンとの会話に、高浜が入ってきた。ここの流れがウマい描き方だ。

だんだんと港浦への疑問がふくらんでくる 2 人に対して、「経験者は語る」という感じで高浜の実体験を出す。まだまだ港浦を信頼しているシュージンにも、不安の影が広がっていく……。

そういった説明の上手さも感じるし、高浜という人物の使い方が良い。

亜城木夢叶の仕事場に来た当初の高浜は、「無口で何を考えているのか分からない」というトラブルメーカのニオイがしていた。いまでは、まるで「亜城木夢叶の三人目」みたいになっている。

熱心に『バクマン。』を読んでいる人以外は、「暗い高浜」を覚えていないのでは? 「1 ページ」の「何ごとも悲観的な真城最高」と同様に。

仕事場に来たばかりの「不気味な高浜」が、急に港浦への不満を語り出したら、亜城木も読者も信用しないだろう。

しかし、今回の高浜は「あまり悪く言いたくない ですが」と気を遣って発言している。ここがウマい。話を信用できる。恩を受けたし感謝はしているが、完全に信頼できない、という気持ちが伝わってきた。

人として信じられるし好印象だが、仕事はアラが目立つ──そういう人、いるよな……。

逆に服部は、「編集者としては信頼できるが、プライベートでも堅苦しそう」な感じがする。服部と遊びに行っても、「マンガの研究のために」マンガ喫茶や図書館・映画を見に行く、とか。

港浦も服部も、熱い男であることは間違いない。編集者として人として、バランスが大事、ということである(何この上から目線)。

こうあるべきだと 思う作品

高浜もまた、熱いヤツだった。港浦に恩を感じつつも、自分の信じる道を行くと言う。

ここで、まったく関係がないことを書く(いつものこと)。

なぜか、自分は高浜を見ると『AKIRA』を思い出す。たぶん、襟を立てて上着を着ているところと、口元のひねた感じから、高浜と金田がダブって見えるのだろう。あらためて公式サイトなどを見ると、まったく似てないけれど。

見吉が普通に仕事場でべた塗りをしている。あれ? しばらくの間、仕事場に来ていなかったのに、なぜいるのだろう。今回は締め切りまで日がないから、だろうか。

格闘少女だった見吉が、いつの間にか、ジャンプの連載会議の心配をしている。思えば遠くへ来たもんだ……。誰でも少なからず人の影響を受けるものだが、見吉はとくに、カレシに合わせるタイプなのだろう。よかった、DQN な男と くっつかなくて(ヤンキィ姿の似合いそうな見吉さんだが)。

ダブル コングラッチュレーション

ページをめくってすぐに、この 3 人の絵はズルい! 笑った。

中井が『CROW』のシャツ(カットソー)を着ている。生地が伸びまくって、『まじかる☆タルるートくん』っぽい感じだ。──その「下」はセリフに隠されており、「お子様が見ても大丈夫」である。中井の腹回りがエラいことになっているコマが以前にあったけど、単行本で直されそうな予感がした。

エイジは 2 人を祝福している──が、ばらまいているのはゴミである。冷静に見ると、祝っているのか迷惑をかけているのか、分からない(ゴミを片付けるのはエイジ自身なのか、アシスタントの仕事なのか……)。

福田と中井の連載をエイジは喜んでいる。それはそうだろう。

自分の元で働いていたアシスタントが、巣立っていく。先生と生徒に似た関係──ではなく、単純に対等な立場のライバルと仲間が増えた、という喜びをエイジは感じている。それが逆に、田舎では一人でマンガを描いていたエイジのさみしさを思わせた。

福田の「これ以上の喜びは無い!」という言葉は、エイジも同じように嬉しかったはずだ。

いっぺんに来るとは…

新しく連載が 2 本始まる。ということは、終わる連載もあるわけだ。終了する連載の名前を聞いて、サイコー・シュージン・見吉は驚いた。

この連載会議の結果は、バクゼンと感じていた危機感を、ハッキリと形にして示したものだ。港浦の言うままに従っていては、連載を続けることもあやうい……。

こういった逆境(手前)になった時こそ、真城も高木も最大限の力を発揮する。まさにジャンプマンガの主人公っぽい(死んだと思われたのに仮面をかぶって復活したり、「ドン!!!!」で なんでも解決したり、「幻術だ」ったりは、しないけれど)。

そんなことよりも、見吉が『チーズおかき』を「チーおか」と略していることに注目だ。見吉さん、順調にマンガオタへの道を歩んでいる……。見吉は将来、マンガの編集者や評論家になっていたりして。

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