『デクスター ~警察官は殺人鬼』 シーズン 3(Dexter (season 3))
シーズン 3 のテーマは「皮肉」です。
主人公のデクスター・モーガン(マイケル・C・ホール)は初めから皮肉屋だし、この作品自体が皮肉の集合体ではある。たとえば、彼が乗っているボートには、下の文字(名前)が書かれています。
「SLICE of LIFE」 (リンク先に写真)
日本語の字幕では「人生のひとこま号
」なんて訳していますが、言うまでもなく、「人間(の生命)を薄く切り分ける」という意味も込められている。スライスするのは別の場所で、このボートは廃棄用ですけどね。
シーズン 2 の終わりのほうでは、この船に婚約者のリタ・ベネット(ジュリー・ベンツ)と彼女の子どもたちを乗せて、幸せそうにしているデックスを映していました。──毒が強すぎる!
はっきり言って、シーズン 3 は立ち上がりが遅かった。なにしろ、1 を初めて見た時の「デクスター登場!」とか 2 の「デックスの危機!」といったドキドキ感がないから、3 は大変だったと思います。
でも、4 話までガマンしてください! この話くらいから、じょじょに面白くなってきます。
とくに自分が 1 番盛り上がったのは、9 話でした。この話は、とても 1 時間弱で構成されているとは思えない。濃厚な時間を味わえます。
あと、これまでのシリーズで最高にグロテスクな屍体が出てくるので、楽しみ──いや、注意してください!
強引グ・マイ・ウェイな検事補
シーズン 3 に入ると、脚本家か監督がデックスのボートを気に入ったのか、やたらと「スライス」という言葉が出てきます。おもに、ゴルフのスライスとかけている。
そのゴルフを好きな人物──ミゲル・プラド検事補(ジミー・スミッツ)が、今シーズンのサブ主人公と言えるでしょう。シーズン 1 のルディ・クーパーや 2 のライラに相当します。
このミゲルという男を、最初は好きになれませんでした。ルックス的にルディやライラには遠くおよばないし、性格のしつこさが嫌いです。いかにも「偉そうなおっちゃん」という感じ。実際にエライのだけれども。
ところが、これまた脚本のマジックによって、だんだんとミゲルのことが好きになりました。デックスとミゲルとの「皮肉な関係」も、スリリングで面白い。
──人ごとだから楽しめるのだけれど……。
不幸なマリア
このドラマに出てくる女性たちは、なかなか幸せがつかめません。何かしら不幸の種を胸に秘めている。
その象徴が、マリア・ラゲルタ警部補(ローレン・ベレス)でしょう。彼女の人生を振り返ってみると、つらいできごとが多すぎる。
「災いの中心にいるのはデクスターである」としてこのドラマは描いているけれど、本当はマリアが「不幸発生装置」なのでは……。
クインと QUEEN ?
デクスターの妹であるデボラ・モーガン(ジェニファー・カーペンター)は、シーズンごとにカレシが変わっている。恋多き彼女ですが、それだけの別れを経験しているわけです。彼女に男運がないのか、「悪い男」しか近くにいないのか。
第 3 シーズンの最初は、いかにもジョーイ・クイン(デズモンド・ハリントン)とデボラがくっつきそうな感じでした。クインは何かウラがありそうだけれど、そういう男ばかりにデボラは惚れている。デボラのほうはツンツンしているけれど、それはいつものことです。
そのクインは、出てきた当初には、去年に自分が言ったお気に入りギャグ──「どこズン・ブレイクだよ!」という短い髪型をしていました。ところが、以降は出るたびに髪が伸びていく。彼の成長を表現しているのでしょうか(違うと思う)。
バイオハザード IV アフターライフ – 東京と一緒に消えたアリスたち : 亜細亜ノ蛾
また、クインはデボラに向かって、こんなことを言っています。彼女の本質をうまくとらえていて、これも「フラグ」に思えたんだけどなぁ……。
君の道具箱にあるのは 金づちだけだ
自分を抑えられない 仕方ないだろう
情報屋との「つながり」
そうかと思ったら、アントン・ブリッジス(デヴィッド・ラムゼイ)というミュージシャン・兼・情報屋とデボラがいい感じになる。
デボラが「ウザキャラ」だったら、アントンがクインを殴る場面で「やめてー! 私のために争わないでー!!」と叫ぶでしょうね(それはない)。
彼女は、本当に幸せをつかめるのか──。
実生活での幸福は
えっと、いままでわざと書きませんでしたが──、ちょうどシーズン 3 の放送終了直後に、デクスター役のマイケル・C・ホールとデボラ役のジェニファー・カーペンターは結婚しました!
そう言えばこのシーズンでは、デクスターとデボラとの仲の良さを見たヴィンス・マスオカ(C・S・リー)が、「義理の兄妹だから(男女の仲になっても)大丈夫だろう」という下品なジョークを言っている。
もちろん、そう言わせたのは制作者側ですね!
デックスとデボラが(リタの)婚約指輪を買いに行く場面や、結婚式場で 2 人きりになる場面などは、制作者も 2 人もノリノリだったはずです。
デボラはともかく、女優さんは幸せになりました。
──と思ったら、つい最近になって 2 人の仲は破局を迎えたそうです……。やはり 2 人は、兄妹が似合う運命なのでしょうか。
柔軟な「掟」?
今シーズンで残念だったのは、「ハリーの掟」が拡大解釈されすぎていることです。
デクスターの父親: ハリー・モーガン(ジェームズ・レマー)は、第 1 シーズンから「このお父ちゃんが悪の元凶ちゃうんかー?」と思いながら見ていました。彼も化けの皮がはがれてきましたね。だが それがいい !!
ハリーがルールを作ったのは、正義のためではなく、あくまでもデクスターを守るためです。その影には、ハリー自身の保身という意味も隠れている。彼は正義漢でも何でもなく、ただの刑事──人間でしたね。
しかし、すでに「デクスターの掟」に置き換わっている。デックスが「殺しても良い人物」の範囲が、コロコロと変わっているのです。それが見ていて、もどかしかった。
『DEATH NOTE』でたとえると、途中から急に「名前を知らない人間でも、強く念じてノートに似顔絵を描けば殺せる」とか、しまいには「念じればノートなしで OK」となるようなものです。そうか?
自分勝手なデクスター
まず、念入りに調べた標的──とは別の「無関係で無実の人間」(オスカー)を、シーズンが始まって早々にデックスは殺しています。
これは事故と言えば事故ですが、「掟」からは確実に外れている。デクスターも当初は混乱していたけれど、最終的に「仕方なかった」とあいまいに納得して流しました。これには、ちょっとガッカリです。
そこは脚本の力で、「じつは、オスカーは(ミゲルと共謀して)無実の人間を何人も殺していた」ということにすれば、ギリギリで「掟」の範囲に収まります。
オスカー殺しの告白も、デクスターは最悪な状況でやってしまいました。あの描き方だと、本当に彼はイヤミな快楽殺人犯です。
さらに、リタの娘──アスター(クリスティーナ・ロビンソン)を狙っている異常者も、どうやらデクスターは始末している。この元・犯罪者も、殺人は犯していないはずです。
ただし、このクズ野郎だけは、なぜか処刑の場面は描かれていません。だから、殺していないのかも。さすがのデクスターも(制作者も)、性犯罪者をどう裁くのかは、決められなかったのでしょう。でも──、
または、「アレ」をスライスすればいいのに。
ドラマへの要望
あくまでも、デックスが手に掛けるのは、証拠が不十分で野放しになっている殺人犯だけにして欲しかった。そうではないと、このシリーズ自体の存在理由がなくなってしまいます。彼が、たんなる殺人鬼になる。
今のところ、「デクスターの掟」によると、「殺人犯か、あるいは自分と身内に手を出した者」が殺しても良い人間のようですね。それがいつか「無差別」にならないか、心配です(さすがにそれはない──と信じたい)。
シーズン 3 では、せっかく「親しい知人のために、デックスは初めて殺人犯以外に死を与えた」という名場面を描ける機会だっただけに、残念でなりません。それでも、あのシーン(7 話)は、泣けたなぁ……。
おわりに
文句を言いながらも、良いセリフがたくさん出てくるシーズンを堪能しました。自分がとくに好きなのは、デクスターが言った下のセリフです。
ほとんどの役者は 無名のまま終わる
だが懸命に演じ続ければ
生涯の役をつかめるかも
この「役者」とは「人間」のことで、すなわち人生のことを話している。誰よりも「人の生」(と死)を見てきたとはいえ、人の心が分からないデックスには、「普通の人間を演じ続けること」でしか人生が味わえない。
もしくは、きびしい芸能界で生きている「無名の俳優・女優」のことを、そのまま指し示しているのかもしれません。
どちらにしても、皮肉ですね。
余談
飽きずに今回も、タイトルはゲーテのパクリです。
結婚生活はすべての文化の始めであり、頂上である。それは乱暴者を穏やかにし、教養の高い者にとっては、 その温情を証明する最上の機会である
自分のつけたタイトルも皮肉で、デクスターの殺人癖は何も変わっていません。ミゲルやラモンも(そう言えばエンジェルも)、結婚は彼らを幸せにしていない。上に書いた俳優・女優も……。
けっきょく、デクスターが穏やかになったのは、リタと家族に対してだけでした。「親友」を殺しても、何の感情もわかない。
でもやっぱり、『デクスター』はこうでなくちゃ! デックスが過去の殺人を後悔しだしたり、「正義」を前面に出してきたら、かなりあやうい。

