『暗殺教室』 第 139 話 「過去の時間・6 時間目」
扉絵は『天空の城ラピュタ』のパロディでした!
ちょっとしたネタで他の作品を借りることは、本編では よく見かけます。しかし、一枚絵で堂々と二次創作を描くのは珍しい。
ジブリ作品(や手塚 治虫氏)のパロと言えば 田中 圭一先生が思い浮かびます。そのうちに、松井 優征先生も その隣に並びそう。
二人とも訴えられるでェ!
どちらが主か
死神は、すでに触手生物の能力を使いこなしています。
身体性能だけであれば「死神のスキル」で説明できる。しかし、粘液
まで自在に操っています。
柳沢 誇太郎の人体実験を死神は利用して いました。そのため、死神は自分の変化を正確に予測している。この時の誇太郎の心境を考えると、悪役ながら哀れで同情したくなります。
見知らぬ地雷
「触手地雷
」は初めて登場しました。
堀部イトナや雪村あかりのように強靱な精神の持ち主ですら、完全には触手を制御できません。しかし、センサで自動的に動作する地雷であれば、対・殺せんせーにも有効だったはずです。
柳沢が「シロ」として椚ヶ丘に来たときには、この兵器は持ち込んでいません。その理由は何だろう?
あぐりが傷ついたことを後悔して、柳沢は地雷を封印したのかな。彼に残った最後の良心として信じたい。
(「地雷が生徒たちに襲いかかるから」という理由も思いつく。しかし、シロは平気で生徒たちを巻き添えにしてきた)
半人半触手
いまの死神の姿は不思議と神々しい。
すでに肉体の半分以上が触手と化しました。しかし、まだ人間の部分を残している。その「ヒトのようでいてヒトではない」感じが、神話に出てきそうです。
殺人の技も神がかっている。
ただの砂粒
で人間の大動脈を破壊
しています。わざわざ指先に銃を埋め込んでいた「二代目」が幼児に思えてくる。対触手物質
で作られたフェンス
ですら、まるで問題としていません。
このあと、殺せんせーは戦艦を相手にして余裕で生き残ります。彼が「死神」のままで触手生物になっていたら──。
事故か過失か
あぐりの負った致命傷の原因が明かされます。
「死神の触手が暴走した結果」だと ずっと思っていました。「仕方のない事故」だったのだ──と。
ところが真相は違った。死神が本当に「全部 見えていた
」のなら、十分に防げたはずです。
万能感に酔う死神には、危険や強さしか見ていない。
それでは、動くものだけに反応する機械と同じです。自分から人間を捨てて生物兵器に成り下がろうと していた。
地球で一番 強い触手生物は、人間としては一番 弱い。
そんな死神を救えるのは あぐりだけです。
おそらく、第一話の回想が次回で繰り返されるでしょう。死神が完全に「殺せんせー」へと変わった理由も分かるかな。
取り返しの付くことも ある。
しかし、二度と取り戻せないものも あります。この過去の告白は、あぐりの妹である あかり──茅野カエデに届くでしょうか。
おわりに
シロとイトナが登場したばかりの頃を思い出しました。
突然の「弟」が現われて焦った殺せんせーは「生まれも育ちも ひとりっ子ですから!!
」と叫ぶ。「そもそも親とかいるのか!?
」という生徒たちの心の言葉も聞こえます。
いま読み返すと興味深い──。
この時、殺せんせーはウソをついています。
「両親に『弟が欲しい』って ねだった
」という作り話をしている。とっさの照れ隠しでギャグにしたのでしょうか。それとも、死神の願望かな……。
題名は「会稽の恥を雪ぐ
」から借りました。
中国の『史記』から取られた故事です。「会稽山」での出来事や、そもそも「雪ぐ」の意味を知らないと、まったく伝わらない言葉です。まるで、片仮名だらけのビジネス用語に似ているかも?
それは ともかく、身体を改造されたことは、死神にとって恥では ありません。タイトルが意味不明です。──もう「過去」に関連する ことわざが見つからないのじゃよ……。
