森博嗣読者の「ほとんど」は──

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#### 森博嗣氏のブログ
森博嗣氏のブログを読んで、思ったこと。
森博嗣氏といえば、[すべてがFになる](http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html%3FASIN=4062639246%26tag=asiamoth-mt-22%26lcode=xm2%26cID=2025%26ccmID=165953%26location=/o/ASIN/4062639246%253FSubscriptionId=08PWFCAAQ5TZJT30SKG2 “すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER”)を初めとした「犀川&萌絵」シリーズなど、多数の著作があります。
いわゆるシリーズ物の読者に対して、森博嗣氏はこんな分析をしています。
>シリーズを最初から通読されている人に限って、「最初から読むべきだ」とおっしゃるし、また、「最初から読んできた者だけにわかる面白さだ」と主張する。一種のコレクタ心理といえる。しかし実際には、シリーズを通して読んでいる人は、割合的には非常に少数であり、ほとんどの人は、書店にたまたまある本を手に取り、順番もあまり気にせず、また断続的に読む。「ほとんど」というのは、具体的には80%くらいのイメージ。
>[MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション](http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/09/post_681.php “MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション”)


#### 追い打ち攻撃
さらに追い打ち(?)をかけるように、下記の文が続きます。
>もしすべてに近づきたいのならば、僕が書いたものを、エッセィや日記に至るまで読むことになるし(それに近いマニアもいるが)、引用されている書籍、僕が読んだことがある本、などにも手を出すことになるだろう。
>[MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション](http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/09/post_681.php “MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション”)
えっと……。自分は着実に、「すべて」を目指すレールの上にいますね。そうか、自分は森マニアだったのか……。──というか、《ミステリ*ィ*》と表記している時点で言い訳不可([インターネット殺人事件 : 日記 : 2003-11](http://internet.kill.jp/d/200311.html#d15_t3 “インターネット殺人事件 : 日記 : 2003-11”))。
とはいえ、まだ「Gシリーズ」に手を出していない体たらく。「G」は、読みたい本が無くなったとき用にとってあります。
#### インターネッツには魔物が棲むという──
自分のようにインターネッツばかり見ていると、森ファン以外でも、上記のような「著作物と日記をすべて読む」ような人を見かけます。なので、ファンというものは「それが普通なのか」と思っていました。むしろ、「作家がはき出すものすべてを受け入れるのがファン」くらいに。
──しかし、まぁ、そんなわけはないのですね。なんだか、目が覚めました.
それにしても、作家が、自分のファンを分析して公表する、というのも珍しいのでは。森博嗣氏は、かなり以前からファン分析は書いていましたが。
#### 文庫派多し
あとは、これも面白い。
>一方では、読者の大半は文庫を読んでいるため、ようやくVシリーズをそろそろ終えるか、という位置で、現在最も多いファンメールはVシリーズ後半である。
>[MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション](http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/09/post_681.php “MORI LOG ACADEMY: コミュニケーション”)
一般的に、文庫化までは三年かかります。それまで待って文庫を読むような読者が、作者にファンメールを送るなんて! 自分はファンレター・ファンメールどころか、ジャンプなどのアンケートハガキすら送ったことがないです……。
#### この記事のタグ(偽)
[何を今さら][ファンは文庫と両方買うものでは?][ファンとマニアの境は?]