蜷川実花
「日本人の写真家を 3 人挙げよ」と言われて即答できる人は少ない。よっぽどの写真好きでも、日本人に限定されると難しいだろう。
その中でも、蜷川実花の名前が上位に入るはずだ。
──ただ、ニナガワ ミカという読み方を知っていれば、の話だが(自分もアブカワとかマキカワなどと読んでいた)。
名前(の読み方)を知らなくても、彼女が撮った写真を見た人は多いだろう。とくに、女性は蜷川実花の写真が好き人が多いと聞く。
蜷川さんの写真に対して、「Photoshop で彩度を極端に上げている」と推測する人が多い。本当だろうか?
──その人は、写真を見る目がないのだろう。かわいそうな事だ。ゴシュウショウサマ。
昔の自分は Photoshop でイジりまくった写真が好きだった。いまでは、もう飽きが来ている。写真本来の味わいを持った、銀塩写真のほうが好きだ。
今回、蜷川さんの写真集を 3 冊ほど見てみた。どこをどう見ても、銀塩プリントの味しか見えてこない。自分の好きな写真だ。
すこしは色調などを変えているかもしれないが、それは銀塩写真の時代から行なわれてきた事である。それに、単純な写真の補正だけでは、こんな色味は出せない。
──そんなことは、ちょっとでも写真や Photoshop を触っている人間には、すぐに分かるはずだが……。
そういった分析は専門家に任せるとして、写真集を紹介する。
EROTIC TEACHER×××YUCA
一番のオススメは、この本である。
Amazon から届いたダンボールを開けると、本書が真っ赤なビニールで包まれていた。「ビニール」と「本」──そういうことか(なにが?)。
子どもの絵本のように、ものすごくページが分厚い。本の大きさからも「オトナの絵本」を意識したのだろう。角が丸いのも、ソレっぽい。
ただし、「実用的」かというと──いろんな意味で「使いにくい」のだ。まぁ、これは あくまでも写真集なので、そのつもりで……。
ニナガワ風のレタッチ
さて、世間では蜷川さんのような写真を撮りたい女性が多い。そこで、デジカメで撮った写真を加工して「ニナガワ風」にするのだが──成功した例を見た事がないのだ。
Photoshop で彩度を上げればニナガワ風なのか?
ここで、下の写真を悪い例として挙げておく。単純に彩度を上げるだけでは、色が飽和するのだ。バランスも悪い。これは、くすんだ色合いをしたカットソーの彩度を、ムリヤリ上げるからこうなる。
なかには彩度と一緒に明度も上げる人がいて、ますます色味がおかしくなっている。明度が高いと彩度の高い色は発色しない。色彩学をすこし学ぶと良い。
そうやって加工した写真がニナガワ風になりきれないのは なぜか?
本書を見れば分かるとおり、蜷川実花の写真がカラフルなのは──初めから色鮮やかなモノを撮っているからだ! そういう写真を撮るようにセッティングしている。それも彼女の仕事なのだろう。
さらに見てみると、ちょっとビックリするくらい高感度フィルムのノイズが残っている。この本は紙質がツルッとしているため、余計にザラザラしたノイズが見えるのだ。
このレタッチすれば一発で消せるノイズを残すところに、彼女の信念を感じる。
ニナガワ風の写真に加工する人には、どうしても顔に乗ったノイズが気になるようだ。Photoshop のパワーを借りれば、簡単に修正ができる。
そして、ツルツルテカテカした、極彩色の「ニナガワ風?」な写真ができあがるのだが──本人が気に入っていれば、それでいいのだ。
上で例に挙げた写真は、元からノイズだらけだった。なにしろ 7 年も前に撮った写真である。赤を強めると ますますノイズがヒドくなったので、トーンを統一する意味でさらに粒状感を加えてみた。
ところで、このキモい男は誰だ? ──あ、オレか。
girls’ holiday!
世間の人々がイメージしている蜷川実花の写真に近いのが、本書だろう。
『EROTIC TEACHER ──』は作り込んだ世界を撮っている。それに対して『girls’ holiday!』に載っている女性は、みな自然な表情だ。──もちろん、そうなるように撮るのが、写真家の腕前である。
この写真集では、ブレている写真が多い。モデルと話しながら撮っているのだろう。わざと動いてもらっているのかもしれない。
とくに、木村カエラさんの写真は、ピントがバッチリ合っている写真──がほとんどない。よく見ると、ほかの人の写真と比べても、被写界深度が浅い(ピントの合う距離が短い)。
──たしかに、カエラさんは たまに「この世の住人ではない感じ」がする。こういったファンタジックな撮影方法が合っているのだろう。
そういう視線で見ていけば、モデルによって撮り方がかなり異なっている事に気が付く。その人の魅力を引き出すにはどうやって撮ればいいのか──蜷川さんは そういったことを考えているはずだ。
彼女のような写真が撮りたければ、撮る段階でいろいろ考える必要がある。
写真の構図にも思うところが多い。長くなるので、それはまた書こう。
LOVEフォト Vol.1
これは蜷川さんの単著ではなく、複数人の女性写真家が撮った写真を楽しめる本だ。雑誌サイズで大きく、紙質も良い。かなりお買い得な本である。
ここから、イジワルな事を書く。
前知識なしに本書をパラパラとめくり、蜷川実花の写真が載っているページで止める。──当てられるだろうか?
ぜひとも「自称・蜷川ファン」の人に試して欲しい。たぶん、10 人に 8 人は外すだろう。
それくらい、MARCO さんの写真はニナガワ風なのだ。それは当たり前で、MARCO さんは蜷川さんのお弟子さん(?)なのである。
本書に載っている蜷川さんの写真には、極彩色などない。衣装は派手だが、おそらく実際よりも くすんで見える。そう見えるように撮っているのだ。
どういう心境の変化があったのだろうか? 蜷川さんの公式サイトにある日記を見る限り、彩度の強い写真がまだお好きなようだが……。
NINAGAWA MIKA OFFICIAL WEBSITE
では地味な写真か、というと──そんな事はない。土屋アンナの魅力が十分に出ている。なるほど、彼女のパワーがあれば、ほかに余計な色味はいらない──という事かもしれない。