消えた天使 – 女を殴ってから髪をなでる者──それが彼の敵

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『消えた天使』 (The Flock)

Devotion
(願いは 1 つ──無事でいますように)

きわどい題材のサスペンス映画です。


リチャード・ギアが演じるエロル・バベッジは、公共安全局で監察官をしている。性犯罪登録者の監察を続けてきて、心身ともに疲れ果てていた。

引退間近のエロルは、新人のアリスン・ラウリー(クレア・デインズ)に仕事を教えていたのだが、誘拐された女性を捜査し始めて──。


こういったストーリィ展開で、何しろリチャード・ギアが主演の映画だから──、「正義の味方であるギア様が、紳士的に事件をまるっと解決する!」──となりそうですよね? 違うよ。全然違うよ。


本作品でリチャード・ギアが演じるエロルは、アルコール中毒で切れやすい性格です。元・性犯罪者たちのところへ(異常にしつこく)通い続けているのも、仕事熱心というよりも、「何か」にとりつかれている感じがする。

ある意味では、エロルは犯罪者以上に犯罪者らしい。

冒頭で引用されているニーチェの有名な言葉も、この物語が「ある方向」を向いていることを感じさせます──。

怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。

深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

ニーチェ格言集

はたしてエロルは、みずから犯罪者となってしまうのか? 何しろ名前がエロルだし……(それは関係ない)。


この映画と『96 時間』は題材が似ていて、娘を持つ親御さんにとっては、想像もしたくない話です。それに、『96 時間』は「悪・即・斬」な話だから良いけれど、『消えた天使』は──ちょっと娘さんと一緒には観にくい感じ。

96 時間 – 空気と光と家族の愛──これだけあれば親父は走れる : 亜細亜ノ蛾


基本的にはサスペンス映画で、ハラハラドキドキな展開に満足できました。マニアックなお色気の場面もあり、そういう方面でも楽しめます。とくに(アマチュア)カメラマンの自分には、「そういう世界もあるのか!」と思ったり。

さらに、「犯人は誰だ?」というミステリィ要素まであって、なかなかゴージャスです。その犯人の演技も圧倒的で、ラスト付近の場面ではギア様を食っていました! ──あ、演技力でね。

アヴリル・ラヴィーンが出演していることも、ファンには見逃せません。彼女が演じているベアトリス・ベルという人物は、「なんちゃってアヴリル」を思わせるキケンな役でした。

どこがあぶないのかは、見てのお楽しみです──。

リチャード・「北野」・ギア様

この映画に出てくるリチャード・ギアは、たとえるなら『ブレードランナー』に出てくるリック・デッカード(ハリソン・フォード)みたいなふんいきです。いつもしかめっ面をしていて、何が楽しくて生きているのか分からない。仕事に生きる男、ですね。

ところが──、中盤あたりから、だんだんと様子があやしくなってくる。どう考えても「仕事」の範囲を超えた行動が増えてくるのです。こんな暴力的なギア様は、見たことがない!

そう、ちょうど映画に出ている時の北野武さんみたいな、威圧感のあるオーラをまとっています。普段とのギャップが、よけいに──こわい。


後半になると、もう完全にエロルは──彼が監視している(元)性犯罪者たちと、外見が同じです。髪はぼさぼさだし、服装もテキトーで、目もにごって血走っている。銃や拳まで振り回す。

見た目だけではなく、内面も同じなのか──?

その男の名はボビー

もう一つ象徴的なことに、『ツイン・ピークス』で(不在の主人公)ローラ・パーマーの父親役を演じたレイ・ワイズが出演しています。立場上はエロルの上司だけれど、ほぼ敵対関係にある。

そして、レイ・ワイズの役名は、ボビー・スタイルズです。──うーん、書けない! 「あること」を書きたいけれど、書けないなぁ……。『消えた天使』の制作者たちも、このネーミングは狙っているのでは?

「なんのこっちゃ分からん!」という人は、どうか『ツイン・ピークス』の住人(ファン)になってください。

あぶないアヴリル

ベアトリス・ベル(アヴリル・ラヴィーン)は、「DV 男大好き!」な女性です。彼女のようなタイプは、決まって「──でも、彼はときどき(私にだけは)優しいの……」と言う。

たしかに彼女のボーイ・フレンドであるエドマンド・グルームス(ラッセル・サムズ)はお金持ちだし、ルックスもまあまあです。これで暴力を振るわなければ、お買い得な物件ではある。

──あ、違うか。そうではなくて、ベアトリスにとっては、「暴力を振るう彼」が好きなんですよね。たんなる「金持ちのお坊ちゃま」だったら、彼女はつき合っていないかも。

自分は、どんな理由であろうと女性を殴る男は最低だと思いますが、好みは人それぞれで、他人が口出しすることではない──のかなぁ……。


上で書いたことと合わせると、「アヴリルのファンは、暴力を振るう男が好きだと言うのか?」と言われそうですが──、半分は当たっている気がする……。

あなたのまわりにも、ベアトリスはいませんか?

ひかえめな? クレア

クレア・デインズ演ずる女性監察官: アリスン・ラウリーが、いちおうは主人公の 1 人だけれど──、あまり目立ちません。けっこうなキャリアを持つ彼女だけれど、どうも今回の映画では、監督たちもクレアを引き立てようとしていない。

アンドリュー・ラウ監督が香港の出身──つまりは東アジア人であることと、クレアの発言とを合わせると、なんとなく謎が解けそうな……。

参考: クレア・デインズ #批判 – Wikipedia

圧巻の悪漢

繰り返しになりますが、犯人の演技はすごかった!

映画じゃなくて「本当の犯人」なのでは──と思うくらいに、真に迫る演技力です。ラスト付近の場面だけでも、この映画を観る価値がある。

なにより、普段の言動からは、犯人の「裏の顔」が見えなかった。そこが恐ろしい。あのような犯罪者がいたら、誰でもだまされると思う。

おわりに

人を傷つけたあとに、平気な顔をして日常生活を送る者がいる──。信じたくはないけれど、現実の世界にもそういう人間がいます。すぐ近くにいるかもしれない。

大事な人を守るために、自分に何ができるのか──。

エロルのように度を超えない範囲で、考えてみよう。

余談

今回のタイトルも、ゲーテから借りています。

Twitter / @ゲーテ名言集: 見上げた男!彼を私はよく知っている。彼は先ず妻を殴っておいて、妻の髪をすいてやる。

これ以上はないくらい、『消えた天使』にピッタリの言葉だけれど──、けっして「見上げた男」ではないですよね。どういう文脈で出てきた発言なのだろう?(知らずに引用しているのか)


映画を観た人なら分かりますが、このタイトルはミス・リードを誘っています。はたして、優しくて暴力的な犯人は、誰だ……?