96 時間 – 空気と光と家族の愛──これだけあれば親父は走れる

シェアする

『96 時間』 (Taken)

878 Paris Notre Dame 08:34
(世界の都にも──光と闇がある)

スピーディな展開が楽しめる良質アクション映画です!

この映画で自分がもっとも好きなところは、「シンプルさ」ですね。ストーリィは単純で、「さらわれた娘を救い出す父親の話」とまとめられる。

迫力あるカー・チェイスや銃撃戦が何度も出てきますが、父親には「最後まで敵の銃弾は食らわない」という「主人公補正」がついています。次から次へとピンチの連続だけれど、敵の数が多い日も安心。

制作にあたったリュック・ベッソンが監督した『レオン』よりは、アーノルド・シュワルツェネッガーがロケット・ランチャを逆向きに撃つ映画や、スティーヴン・セガール主演の映画に近い感じです。


──まるで、中身がない映画みたいに思えますよね?

ところが、『96 時間』は娯楽映画としてギリギリのラインを保ちながら、現実に起こりそうな恐怖感を演出しています。その味付けが素晴らしい!

父親のブライアン・ミルズ(リーアム・ニーソン)は元・CIA の工作員で、数々の困難な状況に対処するスピードが早かったり、敵を排除する際にためらいがない点も納得ができます。

娘のキム・ミルズ(マギー・グレイス)はかわいらしい! でも、頭が常夏の女友だちを持ったせいで、旅行先でキケンな目にあってしまう。

そのトラブルに巻き込まれた場所が、とあるスラム街──ではなく、パリなのです! しかも路地裏でもなんでもなく、空港から下りた直後でした。

じつはパリには、無法地帯が多いのです……。


お気楽に見られる映画かと思いきや、パリの暗部を見せつけられる。そして、CIA で鍛え上げられた実践的なテクニックで、父親は冷酷に敵を始末していく──。シンプルさとリアルさが、見事に融合していました。

ベースとなっている部分は定番だけれど飽きずに味わえて、上手に味付けをしてある──「かっぱえびせん・トリュフソース添え ~森の妖精に誘われて~」といった感じ(?)。


誰にでもお勧めできる映画ですが、上記の通り、パリの暗黒面として人身売買の現場が出てきます。その場面にはセクシィさなど皆無で、この世の地獄や悪夢としか言いようがない。

でも──、世のお父さんと娘さんには、この映画を一緒に観られるような関係を築いて欲しいですね。恋人同士で観る「お正月映画」としてもピッタリです!

できれば、パリへ旅行へ行く前に観てください──。

「お約束」とバランス

この映画には、わざとやっているのか──映画でよく見る場面(「映画あるある」)が多く出てきます。

たとえば、「両手首をつり下げられた上に、うしろから首を絞められる」というピンチの場面や、「車の配線をショートさせてエンジンをかける」といった具合ですね。上で書いた「銃弾避け能力」も、何人の使い手がいるのだろう。

この手のありがちな場面を多発すると、とたんに「B 級映画」に成り下がるものですが、『96 時間』は素晴らしいクオリティを保っている。

それはなぜか?

「お約束の場面」を何度も使いながら、観客を飽きさせない画面作りをしているからです。見慣れた展開で観客に安心感をもたらし、すかさず緊張感のある展開をたたき込んでくる。

この緩急のつけ方が絶妙です!

目の前の危機

この映画はなんといっても、娘が誘拐される場面がすさまじい。「次の瞬間に誘拐されること」を前提として、父親は娘に指示を出すのです。

もしもこの時に、父親のブライアンが「大丈夫だ、問題ない」などと無責任になぐさめたり、娘のキムが泣き叫んでいたら──、終わりでした。

絶対に自分だったら、父親や娘の立場になりたくない──と思わせる迫力があります。

娘がすべて

もっとも驚いたのは、ブライアンが旧友であるジャン=クロード(オリヴィエ・ラブルダン)の家を訪ねたシーンでした。この家で起きた出来事は、ブライアンが娘のためならどこまでも非情になれることを示している。

また、娘の情報を得るために、ブライアンがある人物を拷問する場面もすごい。料理の準備を進めるかのように、効率的に・手際よく・たんたんと──痛めつける。

ブライアンは「さえないガンコおやじ」だ──としつこいくらいに描いた前半部分が、後半でじわじわ効いくる。見事な演出です。

使い古された新しさ

『トロン: レガシー』の感想で、近未来を描いた SF 映画でよく言われていることは、「どれも『ブレードランナー』を超えられない」と書きました。

トロン: レガシー – コンピュータ内の「グリッド」も自然の一部 : 亜細亜ノ蛾

過去の作品に似ていても、面白い新しい映画は作れる。

まったく新しい映画を作ろうと四苦八苦した(と思われる)末に、『ハプニング』などという駄作を世に送り出してはいけません! こんな映画をムリヤリに評価して、自分に酔ってもダメですよ。みんな いったい なにと戦って るんだ…… !?

世間の監督と批評家は、『96 時間』という傑作から「アレンジの妙」を見習いましょう。

おわりに

『96 時間』とは、うまい邦題をつけましたね。

映画を見てのとおり、この「人身売買のグループにさらわれたら、96 時間以内に取り戻さないとアウト」という制限は、途中から無効になります。それでも、その状況になるまでの緊張感がよく出ている。

それに──、原題の『Taken』では、なんのことやら分からない。アメリカもフランスも、タイトルには無頓着なのでしょうかね。


主役のブライアンを演じたリーアム・ニーソンと言えば、自分には『ダークマン』が印象深いです。面白い作品なので、ぜひ観てください!

この映画のせいで、リーアム・ニーソンの顔を見ると、ペロッと仮面がはがれそうなイメージがあります。Wikipedia の顔写真も、大きなパーツと優しい目とギャップから、なんだか作り物に見える……(失礼)。

リーアム・ニーソン – Wikipedia

余談

今回も、タイトルはゲーテからの引用です。

空気と光と友人の愛。

これだけ残っていれば、気を落とすことはない。

ゲーテ – 名言のウェブ石碑

ゲーテにケンカを売るようだけれど、今回のタイトルのように「家族の愛」のほうが、「友人の愛」より何億倍も大きいよなぁ──と思う。

ブライアンがここまでやったのは、助けたい相手が自分の娘だからです。だから彼の非情さに観客も納得ができるし、応援する。

もしも救う相手が「かつての同僚」だったら──。ちょっと、アヤシイ関係だと思ってしまいます。

あと、ブライアンが食事をする場面はほとんどなかったため、本当に「空気と光と家族の愛」だけからエネルギィを得ていたのかもしれませんね。