『屍鬼』 – 原作: 小野不由美, 漫画: 藤崎竜
コミックスの第 11 巻は、「祭りが終わる話」と書いて「祭終話(さいしゅうわ)」が収録されました。──そう、これで外場村の物語も終わりです……。
前巻までの時点で、「誰もが幸せな結末」は あり得ません。それは、第 1 巻の時点で絶望的だった。最後の望みは、お気に入りの登場人物が生き残ること──くらいです。
はたして、最後に残ったのは──?
静かに消されていく
あまりにもアッサリと、屍鬼たちは「始末」されていく──。人形遣いで腹話術師の幼稚園児──という設定盛りすぎな松尾静(まつお しずか)は、年齢が年齢だけに、杭を打ち込む場面をカットするのは分かります。しかし、ほかの屍鬼も唐突な消され方だった。
とくに、国広律子(くにひろ りつこ)と武藤徹(むとう とおる)には、これから「何かありそう」と思っていただけに、突然の退場で驚きました。人狼のように、人の血を吸わずに生きられる屍鬼──という可能性を見たかったです。
この 2 人が消された理由は、『屍鬼』で一番のセクシィ要員・橋口やすよ(はしぐち──)が、武藤との口約束をやぶったからでした。ただ、これは「裏切った」とは言えないでしょう。「人間」としては、当然の密告です。
ただ、彼らは まだ幸せと言えるでしょう。眠っている間に、苦しまないで逝けたのだから──。
最期まで かわいらしく──?
清水恵(しみず めぐみ)は物語が始まったころ、主人公かと思われました。一話目の終わりで その可能性は(ほぼ)絶たれたけれど……。扉絵などの露出が多く、バツグンのファッション・センスで彼女は目立っている。
だから、散り際も派手だった。
大嫌いなイナカで、大嫌いな村民たちに命を奪われるなんて、清水が一番いやがる最期でしょう。それでも、大好きな結城夏野(ゆうき なつの)の手で直接──よりは救われました。最期は、痛みを覚える前に、意識は都会へ旅立てたし──。
人狼たちの思い
辰巳(たつみ)が結城に語った憶測が、真実かどうかは分かりません。「何者か」が人狼を作り出して、何をしたかったのかも不明です。ただ、屍鬼というのは 人狼の なりそこない
というのは、当たっていると思う。
虚無主義者
を自称し、すべてに絶望している辰巳が、自分を人狼に仕立てた桐敷沙子(きりしき すなこ)に従っている。これはとても奇妙な構図で、興味深かった。
辰巳の境遇から考えれば、じつは、最後の最後で沙子を裏切る気だった──という どんでん返しがあっても おかしくありません。しかし、彼は沙子の退廃的な美しさに惹かれ、ついていこうとした。室井静信(むろい せいしん)も同じでしょう。
結城夏野は、最後まで人間側に立って戦いました。自分では望まずに「起き上がり」、人狼になったのだから、ある意味では「屍鬼への報復」と言えます。
ただ、辰巳の話をもっと早くに聞いていたら、もしかしたら──結城も沙子と共に生きようとした かもしれませんね。
村の終わり
大川富雄(おおかわ とみお)の凶行には、心の底から気分が悪くなりました。完全に「遊びとしての狩り」を楽しんでいますよね。もともと彼が凶暴な性格だったことと、村の狂気に飲まれた結果でしょう。
『屍鬼 (10)』で、ちぐさの 妙さんを 持ってきたわ
・おう ごくろう さん!
と軽~く言った直後に、尾崎敏夫(おざき としお)の母親が殺されたことに何て 酷いことを
と言う場面がありました。──第三者から見れば、まともな感情とは思えない。
室井美和子(むろい みわこ)を始めとする寺の人間──明らかな「人間」が、村人たちに「起き上がりの仲間」として扱われる場面は、異常としか言いようがありません。
もしも尾崎たちの策略が成功して、被害のすくない状態で屍鬼や人狼たちを排除できていたら──、村に平和は訪れたのでしょうか? 大川のように殺しの味を覚えた村民たちが?
ただし、村民たちは、屍鬼を人間以下の存在・害獣くらいに見ている。だから、「駆除」することに何の感情も持たない。そうしないと、正気を保てなかった。
現実世界にある農家や牧場で「いきもの」を殺すことに、外部の人間が「かわいそう!」と言うのは的外れです。ほかの生き物の命をいただきながら、感謝して生きていく──。それが人間です。
外場村の住人たちも、屍鬼と人狼が去ったあと、多くの人は普通に生きていけた可能性がある。山火事さえなければ──。
ん? ということは──、やっぱり村を滅ぼしたラスボスは、前田元子(まえだ もとこ)でした! 最後の姿も、いかにも悪の大物だったし。以前に書いた予想が当たっていましたね!
『屍鬼』 6~7 巻 小野不由美×藤崎竜 – 生きる苦しみ・不死の痛み : 亜細亜ノ蛾
絶望をかかえた者たち
生き残った屍鬼と人狼は、外場村での失敗を受けて、同じような「屍鬼たちが幸せに暮らす環境」を作ろうとは、もう二度と思わないはずです。──本当は大都会のほうが、「閉鎖された空間」を作りやすいとは思いますけどね。たとえば、どこかの社宅とか工場とか。
では、あの 2 人は今後、どうするのか?
下の会話のとおりに、ただただ生きていくでしょう。もはや 2 人で 1 人となった彼らは、死ぬまで一緒にいるはずです。
ただ 生きるためだけに 生きる その虚しさを かかえながら
あがく ということ?
おわりに
終わってみれば、「吸血鬼モノ」としては、順当すぎる結末ではありました。最初の「えっ、なんで このゴスロリ(清水)が死ぬの? なんでなんで!?」という特大のインパクトからすると、尻つぼみな印象を受けます。
「室井静信 著: 『屍鬼』」の表紙を見た時には、「じつは、室井が書いた小説の中の話でした~」オチかと思い、この巻で一番ビックリしました。そのオチだけは、やめて欲しい!
あるいは、「NASA の調査隊が村に入り──」とか、「スーパー屍鬼(?)とウルトラ人狼(?)とのアルティメット・バトル!(?)」とか、「倉橋佳枝(くらはし よしえ)・奇跡の脱出ショー」──などという奇をてらった展開よりは、数倍は良かったです。
小野不由美氏の創り出すホラーの世界を、藤崎竜氏が描いた──という事実は、とてつもなく大きな収穫です。ファンタジィ色が強かった藤崎竜という作家の、新しい一面が花開きました。次回作も楽しみです!