諫山創 『進撃の巨人』
これまではシナリオ運びが最上なのに、登場人物の動きが ぎこちなかった。それが第 4 巻から第 6 巻までに、ようやくガッチリと組み合わさってきた感じです。
まるで立体機動装置のようですね。同じ装置を使っていても、初心者と上級者とでは大きく動きが違ってくる。
この急成長によって、作者が描きたかった世界も具体化してきました。じつに伸び伸びと描いています。さて、その世界とは?
──個人的には、「独特な笑いの世界」だと思う。
Reviewer: あじもす @asiamoth,
笑いの女神様
『進撃の巨人 第 4 巻』の主役はサシャ・ブラウスで決まりです! 第 15 話の「蒸かした芋
事件」は衝撃的だった──。
いちおうは教官もサシャに詰問しているけれど、彼女の食い意地に圧倒されてしまっている。新人の お笑い芸人が歯切れの悪いツッコミをしているみたいでした。
そう、この作品の「お笑い要素」が特殊に見える理由は、「ツッコミ役の不在」です。ギャグマンガであれば「ガビーン!」と驚きながら突っ込む状況で、ボケ役以外が固まっている──。
なぜなら、「そんな状況」じゃないから。
訓練兵も教官も(おそらく大半の読者も)笑いを求めていない戦地にいて、それでも平気でボケ倒す。サシャは真の漢(おとこ)ですね……!
死ぬ寸前まで走らされたあとで、まさかの「巨人化!?」をするサシャに笑いました。パンを差しだしたクリスタ・レンズのことを神様
と思っていたけれど、サシャこそ女神様ですよ──お笑いの。
エレンの試練
姿勢制御訓練で人並み以上に できない
エレン・イェーガーの(無様すぎる)姿は、呆気に取られました(第 15-16 話)。ぱっと見で何が起こっているのか分からなかったくらい。本人も同じ気持ちでしょう。
いやいや、訓練兵のなかでもエレンは成績上位だったはずです(第 2 話)。そんな彼が、基礎の基礎で つまずくとは考えられません。
まさかエレン──教官にワイロを!?(ないない)
無様な姿をさらしたその日のうちに、ジャン・キルシュタインとコニー・スプリンガーに姿勢制御のコツを聞きに行くエレンは立派です。キャラの描き分けがアレな作品のなかでも、一目見て「性格悪ッ」な 2 人に頭を下げるなんて、並の根性では ありません。
装備の破損を見抜いた「名もなき教官」のおかげで、エレンは助かりました。この教官は、エレンの父親であるグリシャ・イェーガーのことを知っている。あとあと重要そうな人物なのに、なぜ名前が公開されないのだろう?
ミカサの想い
エレンの命を守るためなら、ミカサはエレンの気持ちをも押し殺させる。それにしても、「覚悟の程は関係ない
」とはキツい一言ですね……(第 16 話)。
そうかと思ったら、エレンに見られて ほほを染めながら下を向くミカサが かわいらしい! ちょっと強く言いすぎた──と反省しているのでしょうね。ミカサ・アッカーマンは猟奇的な女神様かわいい!
めずらしく動揺したためか、ミカサはエレンが立ち去ったことに気がつかず──、サシャとのコント劇が始まる。もらえると思ったパンを食われたサシャは、また巨人になる一歩手前だったのでは?
立体機動の姿勢制御に成功したエレンと、彼の視線を受けたミカサとの、思いの違いが おもしろい。『思い過ごしも恋のうち』という曲があるけれど、ミカサの場合は もっとドス黒い感情のような気がする。
「武力幻想」
目まぐるしくシリアスとギャグが入れ替わる第 17 話は最高です!
まずは対人格闘について、エレンとライナーとの考えが違っていた点が興味深い。実際に人間と争ったことのあるエレンは実践的で、おそらく経験がないライナーは「きれいごと」を言っているように聞こえる。
しかし、兵士としてはライナーのほうが正しい思想をしています。人としてどうかは さておき……。
姿勢制御のあとも、エレンには苦難が待っていた。
アニ・レオンハート(S の女神様)に蹴り飛ばされて、また恥ずかしいポーズを取らされたエレン(第 17 話)は、少年マンガ史上で もっとも■んぐり返し(ごくり……)の格好をした主人公なのでは?
(『キン肉マン』のほうが多いかもしれない)
ライナーも仲良く■んぐり兄弟になったけれど、やっぱり誰もツッコミを入れない。それどころか、格闘術としての技量の高さを、エレンは真面目に分析している──。
『バクマン。』に出てきた「シリアスな笑い」を完全に表現できていますね! 徹底してツッコミ役を排除することで、次はあんたが 私を襲う番だね
というアニのセリフや、食堂でブツブツ講釈をたれるアルミンまで笑えてくる。
バクマン。 10 巻 「表現力と想像力」 あり金全部と万全の態勢 | 亜細亜ノ蛾
訓練場でサシャとコニーのことを、アニは「バカ
」の一言でくくりました。漫才コンビ結成ですね! 本来はジャン(ミカサ命!)も入れてトリオかな。
おそろしいことに、のちほどサシャよりもコニーのほうがニブいと分かる(「死に急ぎ野郎
」の件)。このボケ倒しトリオは、底が知れないぜ……!
エレンとジャンの小競り合いもギャグとして笑わせる(「服が破れちゃう だろうが !!
」)だけではなく、対巨人兵士としての心構えを説く場面に転じている。素晴らしい!
あとで再開した時にジャンがエレンに問い詰めている場面は、いがみ合いではなく、必要なことだった(第 22 話)。仲間の意思を確認するためです。マルコの死を きっかけにして、ジャンは本物の兵士に なってきましたね。
「サシャが放屁した音
」の場面で、この作品の最大のギャグを たたき出しました。ツッコミが不在のまま、ボケにボケを重ねることで笑いを昇華させる──。なんという高等な技術なのでしょうか!
エレンを守るためであれば、ミカサは平然とウソをついて乙女の純潔を奪う(サシャの口にパンを突っ込んだこと。──乙女?)。
じつは、「他人を笑わせるためのギャグ」が皆無な点は注目に値します。サシャが教官の目の前で蒸かし芋を食べたことも、「故郷では満足に食事ができなかった」からだと言える。ほぼ すべての場面に意味があります。
「今、何をすべきか」
あらためて第 18 話で各登場人物の説明をはさんでいる所も良かった。それぞれの性格が分かりやすい。とくに、影が薄かったマルコ・ボットの長所を引き出すエレンを見て、人物の厚みを感じました。
自分がよく読んでいる「週刊少年ジャンプ」の主人公は、98 割が「何を考えているのかよく分からないヤツ」です。ほぼ全員が自分で勝手に重荷を背負い込んでいるのに、「仲間思い」と説明されたりする。
「ジャンプ」は、『進撃』を死守すべきだった。
バクマン。 #115-3 「記念撮影と教室」 7600 枚 とカミ | 亜細亜ノ蛾
ほのぼのとした会話劇の直後だけに、無残なマルコの姿が痛々しかった。せめて、楽に逝けていたら──と祈るばかりです。
「巨人には消化器官がない」という構造も極悪すぎる。あのアニですら心が折れかけています。本当に「人を食った」存在の巨人は、いったい何のために生きているのだろう?
ゆかいな仲間たち
エルヴィン・スミス団長が率いる「調査兵団」はクセモノ揃いです。舌噛みのオルオ・ボザドなど、ギャグ要因が増えていく──。
一番の変わり者はハンジ・ゾエでしょう! 初対面では的美人に見えるけれど、巨人マニアの変態女神だった。
しかし、ハンジの おかげで巨人の謎が解き明かされそうな点は ありがたい。いまのところ、「見た目よりも巨人の体が軽い」ことと「日光の遮断に弱い」くらいしか分からないけれど。
この 2 点だけで考えると、巨人の体は「菌類」の一種なのでは──と考えました。お化けキノコが 100 年以上も人を襲っていたなんて、かなり笑えないジョークだよなぁ……。
リヴァイ兵士長の「迫真の演技による しつけ」によって、なんとかエレンは窮地を脱した。──助かった先は、さらなる地獄かもしれませんが……。
エルヴィン・スミス団長はエレンに敬意を払ってるけれど、どうも表面上だけに感じられます。エルヴィンもリヴァイも腹に一物ありそうだし、2 人の間には敵意に近い感情を持っていそう。
エレンのことを「本物の化け物
」だとリヴァイは言いました。侮辱しているようにも聞こえますが、強靱な意志の強さを たとえているのだと思う。ひとりの兵士としてエレンを認めているのでしょうね。
ソニーとビーン
実験用の巨人を殺したのは誰なのか?
「訓練兵では なかった」以上は、もっと上の人間が仕組んだのだろう。意図の読めない発言が多いエルヴィンが怪しく感じる──。
──というミスリードが逆に、「犯人は訓練生」だと思いました。マルコは立体機動装置を付けていなかった(『進撃の巨人 (5)』・第 22 話)。彼の装置を利用した者がいそうです。
第 21 話で装置の検査を受けている場面の最後が気になる。一番 正しい方向を見分けられるアルミンは、ある物に視線を集中させています。──アニの立体機動装置を凝視している。
アニの装置か記録に異常な点があるのでは?
また、サシャの表情も引っかかる。理不尽な検査に緊張している──だけには見えません。安直ですが、アニとサシャが協力して披験体を始末したのかな。ただ、その意味は分からない。
ところで、「ソニー」と「ビーン」なんて、ハンジは洒落たネーミングをしますね。
巨人化の謎
初めて人類が「巨人に勝った」戦いは、初めて死んだ甲斐があった
と言えます(第 4 巻・第 14 話)。世界が恐ろしくても残酷でも関係ない──とエレンは言うけれど、「自由の果てに」散っていった兵士たちは、そんな強さを持っていただろうか……。
巨人になったエレンが、ミカサを殴りつけたのは なぜだろう。完全には感情を制御できなかったことは間違いない。それにしても、巨人の本能に突き動かされたのであれば、殴らずに捕まえて食おうとするはず。
第 6 巻・第 23 話でも語られているように、通常の巨人は人間を食うことが目的です。不可思議な行動を取る「奇行種」ですら人食いのために動く。
例外は「超大型巨人」と「鎧の巨人」・「女型の巨人」──そしてエレンくらいです。エレンは除くとして、残りの 3 体は どうやら人類を滅ぼすことが目当てらしい。
いずれにせよ、ヒトを中心にして巨人は生きている。──そこから考えて、すべての巨人が元は人間だったのでは?
「超大型」・「鎧」・「女型」だけが人間の意思を残したまま巨体を動かせる。ほかの巨人たちは、完全に融合して巨人に取り込まれてしまった人間だと考えました。
誰のため・何のため
それにしても──「スプーンを拾う」 ために巨人になる
なんて、なんとも ふざけた設定ですよね! 自傷行為と結びつけると、「自分を傷つけてまで他者の役に立つ存在」になる。ひょっとして巨人って、いい人なのかな(ねェよ!)。
巨人は何にとって 都合がいい 存在
なのか──。これが物語の中核に ありそうだと感じます。
第 5 巻の特別編でイルゼ・ラングナーが残した手記によって、「ユミルの民
」というキーワードが出てきました。「ユミル」が神話上の巨人と同一であれば、なんと、閻魔大王とも かかわってきます!
『進撃』に登場する巨人は、はたして神の使いなのか、それとも地獄の死者なのか──。
うなじがチャーム・ポイント
「女型の巨人」を最初に見た時には、絶対に勝てるとは思えませんでした。現地の人間は言うまでもないでしょう。
ワイヤを振り回す「女型の巨人」は、まるでスケバン(死語)みたいでした。完全に遊んでいます。異常に動きが素早いし知性まである。これを倒すのは無理だろ……。
彼女(?)のように「うなじを守りながら戦う」巨人には、まるで打つ手がない。ロール・プレイング・ゲームのラスボスが、的確に「ぼうぎょ」しながら体力を削りにくるみたいな絶望感です。
たとえば本当に「鎧を着た巨人」──まで行かなくても、うなじを装甲で固めた巨人なんかが現われたら、完全に手詰まりになる。
「女型」の圧倒的な強さを見せつけられただけに、ライナーが ものすごく格好良かった! あそこで心が折れなかったことは驚きです。「デカ女の 野郎
」というセリフも小粋でした。
その表情の意味は
「女型の巨人」の顔を見て、アルミンは何かに気がついたようです(第 24 話)。この時点で正体の見当が付いたのでしょうか?
また、逆に「女型」のほうも、まるでアルミンのことを知っているような表情をしている。
「女型」が去った直後に、タイミング良く やってきたクリスタ(本当の女神様)が怪しい! ──と思わせる引っかけがニクい演出でした。
ただ、もしも彼女が「女型」の正体だとしたら、わざわざジャンたちと合流する意味が分からない。さらには、「巨大樹の森」で木の枝にクリスタ(らしき人物)が いました。完全に「白」ですね。たぶん……。
リヴァイ兵長に従って先に進んだことを、まるで「エレンは間違った判断をした」という見せ方にする。ここが興味深い。エレンの人間味が よく描けていました。
多くの犠牲を払って生け捕りにできた「女型の巨人」の中には、いったい どんな人間が潜んでいるのだろう。これまでに登場した人物なのか、それとも何十年も前から巨人に化けていた者なのか──。